11月5日に10時間唱題を行いました。47回目です。過去の記録を見ると、だいたいこの10年間のうち前半5年間で10回を、後半5年間では約40回を完遂しています。とくに2023年は一年で12回を、今年2025年はこれまで16回をやりきりました。我が人生で記録更新となりました。
しかしこれは、自己の実践の事実記録として記しています。先生は、唱題時間を自慢する言動は周囲に、信心への誤解を与えかねない、狂信とも捉えられかねず法を下げる場合もあると戒めています。また、自身の現実の課題への果敢な努力を放棄して、信心(唱題・折伏等)だけに熱心であっても、「逃避」に過ぎない場合があるとまで厳しくご指摘です。
その上で今回も、50項目以上ある御祈念表も活用しながら、心ゆくまで唱題でき、大変に有意義な時間であり満足感を味わっています。現実の努力をなしつつ、まずとことん祈ってみよう。どういう結果が出るか、自身の身で体験してみよう、「実験証明」してみようという以外に他意はないです。仕事と時間にある程度自由が利くこと、家族の理解等もあり、思うように唱題できることに感謝です。ではここで、御書や先生のご指導を学びましょう。
「名字の言」11月6日付に引用された指導
(戸田先生は「衆生所遊楽」の文に基づきこう語られた)
信心と折伏に純粋に励むなら、悪い、悲しまねばならぬ宿命をも楽しみに変え、この世に遊びに来たのだという境涯が、必ず開けてくるんです。
(小説『人間革命』第6巻「離陸」の章から)
最蓮房御返事 新版1780㌻
【ひと言感想】
「悪い、悲しまねばならぬ宿命をも楽しみに変え、この世に遊びに来たのだという境涯」を日々の唱題により、だんだんと実感できるようになってきたと思います。友人と共々に幸福の軌道を前進できるよう、折伏・弘経に一段と取り組みます。
2つ目の御書については、仏法を実践するには、どこまでも油断は禁物です。大聖人とは余りに次元が違うのは明らかですが、自分もこれだけ唱題に取り組んでいます。それゆえ、第六天の魔王自らとは言わずとも、その手下の者でしょうか、このわが身に入ろうと狙うのはあり得ると思います。あるいは事故や病にさせようと付け狙うかもしれません。
しかし大聖人は「第六天の魔王、我が身に入らんとするに、兼ねての用心深ければ身によせつけず」と仰せです。戦う学会員を、諸天善神が厳然と守護しています。その上で、唱題に限らず、かつてない実践に挑めば挑むほど、障魔を「身によせつけず」の強盛な信心で、雄々しく前進していきます。

薄っすらと雪が降りました




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