今まで生きて有りつるは、このことにあわんためなりけり。 ー10時間唱題(50)

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ただひとえに思い切るべし。今年の世間を鏡とせよ。そこばくの人の死ぬるに、今まで生きて有りつるは、このことにあわんためなりけり。これこそ宇治川を渡せし所よ。これこそ勢多を渡せし所よ。名を揚ぐるか、名をくだすかなり。人身は受け難く、法華経は信じ難しとは、これなり。「釈迦・多宝・十方の仏、来集して我が身に入りかわり、我を助け給え」と観念せさせ給うべし。
(弥三郎殿御返事 新版2085㌻)

 

始めより終わりまで、いよいよ信心をいたすべし。さなくして、後悔やあらんずらん。譬えば、鎌倉より京へは十二日の道なり。それを十一日余り歩みをはこびて、今一日に成って歩みをさしおきては、何として都の月をば詠(なが)め候べき。
(新池御書 新版2063㌻)

 

大地はささばはずるるとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬことはありとも、日は西より出ずるとも、法華経の行者の祈りのかなわぬことはあるべからず。
(祈禱抄 新版592㌻)

 


 

 

【ひと言感想】

「今こんな大事な時に?」と思われるかもしれませんが、胸中に期する所あり10時間唱題を昨日行いました。記念すべき合計50回目となりました。

 

自営の仕事は、別の日と入れ替えとしました。今回も法戦の勝利はもちろん、足元の自分のことから、地区や地域のこと、日本・世界のスケールまで、縦横に祈りきることができました。

 

早速その功徳でしょう、まずは今この時の戦いに、強い手応えを感じる結果が出ました。御本尊の力が漲る戦いです。勇気を出して語り動いた分、生命力があふれて来て、自分も元気になるし、語った相手も必ず元気が伝わっていきます。

 

信心にお釣りもオマケもありません。今は「功徳の扉が開いている時」です。やった分だけ、行動した分だけ、何倍、何十倍もの功徳・歓喜となって返ってきます。最後の一分一秒まで戦いぬいていきます。

 

 

50回目の10時間唱題を完遂。

 

 

 

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