●大難来りなば、強盛の信心いよいよ悦びをなすべし。
(椎地四郎殿御書 新版1720㌻)
●仏になる道は、必ず身命をすつるほどの事ありてこそ、仏にはなり候らめとおしはからる。
(佐渡御勘気抄 新版1195㌻)
●されば、末法にこの経をひろめん人々、舎利弗と迦葉と、観音と妙音と、文殊と薬王と、これら程の人やは候べき。二乗は見思を断じて六道を出でて候。菩薩は四十一品の無明を断じて十四夜の月のごとし。しかれども、これらの人々にはゆずり給わずして、地涌の菩薩に譲り給えり。されば、能く能く心をきたわせ給うにや。
(四条金吾殿御返事 新版1608㌻)
●我ならびに我が弟子、諸難ありとも疑う心なくば、自然に仏界にいたるべし。天の加護なきことを疑わざれ。現世の安穏ならざることをなげかざれ。我が弟子に朝夕教えしかども、疑いをおこして皆すてけん。つたなき者のならいは、約束せし事をまことの時はわするるなるべし。
(開目抄 新版117㌻)
61歳で御入滅された日蓮大聖人は、50歳の時に、最大の難である竜の口・佐渡流罪に遭われました。竜の口で発迹顕本を遂げられ、2年半に及ぶ佐渡流罪を乗り越えられました。50歳といえば亡くなる11年前です。現代で言えば、日本男性の平均寿命が約82歳ですから60歳代後半から70歳にかけて大難に遭われたことになります。
人生晩年にさしかかってのこの大難により、どれほど心身を苛(さいな)まれ、極限の戦いであったかは、想像に余りあります。その中で大聖人は、法華経を身で読んだ歓喜で、涙がとめどなくあふれてくると仰せです。そして、「当世日本国に第一に富める者は日蓮なるべし」(新版101㌻)とも仰せられています。さらに、ご自身の御命さえ危ぶまれる状況にありながら、佐渡の地から門下を励まされるとともに、令法久住のため最重要の諸御抄を認められました。
次元は違いますが、一般的に言っても、「順境」のみであったり、チヤホヤされてばかりでは人は育ちません。むしろ、思い通りにいかない、ドン底を味わうような「逆境」こそが、人を鋼(はがね)のように鍛えあげます。
私事で恐縮ですが、自分も振り返ってみれば約50年の信心です。未来部時代の10年の休眠期を差し引いています。「年数を経るほど価値が上がるのは骨董品だけ」との言葉を戒めとして、自分らしく一所懸命に信心の年輪を刻んで来ました。
一番大変だった時は、仕事も地位もお金も希望も全てを失い、御本尊だけを抱きしめて闘病生活を続けたこともあります。弘経を決めて間もなく、職場で迫害を受け、体調を崩し、闘病生活となったのです。最悪期には、家族が呼ばれ、「この2~3日が山です。死を覚悟してください」と宣告された時もありました。
※この時の体験の詳しい内容は、次のリンクからご覧になれます。ただし、閲覧パスワードが必要です。信仰体験のページに説明があります。

方面の元ドクター部長が院長をしていたので、御本尊の御安置が許可されており、回復してくると、徹底して唱題に励みました。院内で院長先生を担当幹部として、座談会や御書講義も行われていました。人生最大の危機でしたが、多くの先輩・同志に励まし支えられ、乗り越えることができたのです。
この体験を通して大事なことを、生命で掴(つか)むことができました。その1つは、文字通り、どんなことがあったとしても、御本尊を放してはならないということです。創価学会から退転してはならないということです。
追い込まれれば追い込まれるほど、苦境にあればあるほど、ますます強盛の信心を奮い起して、勇気ある唱題と実践で、乗り越えていくのです。不自惜身命で人を救おうとする地涌の菩薩が、難に敗れる訳がない。諸天が動きに動いて、護られない訳がないのです。
牧口先生、そして熱原の三烈士は、敢えて殉教の姿を示し、広布の巨大なる礎(いしずえ)を築かれました。どれほど莫大な福徳を得て、悠々たる大境涯を盤石にしたか計り知れないです。
難の渦中にあれば、今は、まったく光が差さないような暗闇に思えるかもしれない。行く手に何の希望も無くなったように思えるかもしれない。しかし、信心さえ失わなければ、厳寒の冬がやがて必ず春を迎えるように、暖かい陽光も、希望が叶う喜びの時も、必ず到来するのです。
嵐に揺るがぬ真実の幸福境涯は、試練を乗り越えてこそ、築くことができるのです。その最たる生命の鍛錬こそ、折伏・弘教であり、一つ一つの学会活動です。広布の指導者になりゆく、あらゆる訓練と、生命の鍛錬が、具わっているのが折伏行なのです。
大聖人から創価三代の会長に継承された偉大な境涯。その大境涯を万分の一でも、わが身に現すことができることに、深い喜びと感謝が溢れます。
次元は異なりますが、大聖人の晩年を思えば、自分も未だこの後、越えねばならない峰が、一つ二つと待つと思います。いよいよ油断なく、求道心を奮い起して、生命を磨き鍛えぬいていきます。

チョモランマ峰~常書鴻、李承仙ご夫妻
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