新・人間革命 第23巻「敢闘」の章
山本伸一は、「今日は、(中部学生部厚田会の)夏季講習会であり、諸君は、二十一世紀を担う人たちなので、少し、難しい話もしておきたい」と言って、核心に迫っていった。
「現在は、東西冷戦というかたちで、資本主義と共産主義の対立が続いていますが、よく、創価学会は、どちらの勢力なのかと尋ねられることがあります。結論から言えば、学会はどちらでもありません。人間の生命を中心とした中道主義であり、人間主義です。
真実の仏法は、円教であり、円融円満で、完全無欠な教えです。そこには、すべてが具わっています。したがって、左右両極を包含し、止揚しながら、人類の幸福と世界の平和をめざしているのが、学会の立場です」
資本主義であっても、人びとの幸福を考えるなら、社会的弱者を守り、救済することは不可欠な要件となる。それが欠落すれば、弱肉強食の社会になってしまうからだ。また、共産主義にも、人間性を尊重し、自由を保障することが要請されよう。さまざまな制度も、科学も、文化も、すべては、人間の幸福と平和の実現が、出発点であり、そして、目標である。これを忘れれば、人間は手段化されてしまう。
その人間の幸福と平和を実現していくには、「人間とは何か」「生命とは何か」という問題の、根源的な解明がなされなくてはならない。そこに、人間の生命を説き明かし、人間自身の変革を可能にする仏法哲理を、世界の精神としていかねばならないゆえんがある。伸一は、力を込めて訴えた。
「いかなる体制であっても、最終的に求められるのは、生命の尊厳を説く人間主義の哲学です。それがないと、制度などによって、人間性が抑圧されていってしまう。また、エゴイズムなどを律する人間革命がなくてはならない。特に、指導者層の不断の人間革命が必要です。そこに、権力の乱用や組織の官僚主義化を防ぐ道があるからです」
人類の未来を仰ぎ見るように、山本伸一は目を細めて語っていった。
「資本主義、自由主義の国々にあっても、やはり、人間革命が最大のテーマになってきます。人間のエゴが、野放図に肥大化していけば、社会の混乱は避けられません。さらに、戦争などの元凶もまた、その人間のエゴにこそあります。
どうか諸君は、社会にあって、大指導者に成長し、仏法の人間革命の哲理を訴え抜いていってください。二十一世紀は、諸君の双肩にある。諸君の成長こそが、私の最高の喜びです。
【ひと言感想】
イデオロギーの対立を持ち出し、それを乗り越えようとの主張が、この現代社会には古過ぎるとの批判も一部にあるようだが、本当にそうだろうか。一例を挙げれば現在、世界中に配備されている核弾頭数は約1万発にも及ぶという。軍事的に使用可能でないものを含めると、1万2,241発あるという。(2025年1月時点)
しかも現代の核兵器は1発が、広島型原爆(約16キロトン)と比べて数十発分から数千発分の破壊力を持つものが存在し、特に水素爆弾は広島型の1000倍以上の破壊力を持つ場合があるという。しかも、現在、2,100発が高度警戒態勢(即応可能)にあり、3,900発が通常配備(運用状態)にあるという。すなわち合計6,000発が発射できる状態として運用されているというのだ。(Copilot AI の回答を参照)
地球上の生命を数十回絶滅できると言われるこれら核兵器も、東西のイデオロギーの対立がもたらした産物だ。その背景には科学技術の急速な進歩とともに、兵器の殺傷能力の凄まじいまでの増大があった。
それは核兵器だけに限らず、資本主義では弱者を切り捨てた弱肉強食として現れ、また共産主義では人間性と自由を抑圧し、人間を機械部品のように扱っていく弊害として現れる恐れがある。イデオロギーを優先する余り、生命を手段としか見なくなり、民衆に多大な犠牲を強いてきたのが、20世紀と言えないだろうか。
民衆の生命と平和を守り、民衆の幸福を第一義としていく「中道」政治。上記の「教学用語検索」の内容を借りれば、全てのイデオロギー、思想信条とも、障害なく通じ合って融和し、偏ることのない境地の「中道」政治。「中道改革連合」は大いに期待しているし、希望を託せる政党だと確信する。
このエゴが渦巻く殺伐とした世界で、「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」との、抜苦与楽の「慈悲」を体現した政治家を、断固として送り出していく必要がある。

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