本部職員でありながら、職場や会員、世間に対して、度重なる迷惑行為を繰り返した輩がいた。学会そして原田会長からの再三の注意をも聞かず、最後は学会から除名となっている。草創期に戸田第2代会長は次のように指導されている。
「学会から除名になるということは、これはほんとうに恐ろしいことなんです。世間一般の団体や会社をクビになるのとはわけが違います。会社なら別の仕事を探せばすむが、仏意仏勅の団体がどこにありますか。日蓮大聖人の御精神の根本は広宣流布です。その御精神を受け継ぎ、仰せのままに広宣流布をしてきた教団は、学会以外にありません」
「創価学会に入れたということは、偉大なる功徳、福運によって仏意仏勅を賜り、地涌の菩薩の眷属として、この世に出現したということです。しかるに、除名になるということは、その尊い使命を失うということにほかならない。それは、いつか必ずわかる」(人間革命11巻)


【上のサイトから抜粋】
こうした輩の口車に乗せられぬよう、その本質を見抜いていくことが必要ですね。
波田地に限らず、不祥事を起こし、学会に迷惑をかけ、退転・反逆した輩に共通しているのは、必ずと言っていいほど逆恨みし、〝巨悪〟を仕立てあげては、自らがその〝犠牲者〟であるかのように装い、〝巨悪と戦う正義の士〟を演じようとする点にあります。
日蓮大聖人は、「修羅が仏は十八界我は十九界と云ひ外道が云く仏は一究竟道我は九十五究竟道と云いしが如く」(御書961㌻)と仰せです。
すなわち、〝修羅は「仏は十八界しか説かないが、自分は十九界を説く」と言い、外道は「仏は一究竟道だが、自分たちは九十五究竟道だ」と言う〟と、悪知識の手口を鋭く看破されています。
いい加減な話で、人を惑わし、誑かし、退転させようとする。これが和合僧団を破壊しようとする輩の常套手段なのです。また、大聖人は、反逆の輩の言い草についても、「日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべし」(同㌻)と明らかにされています。
つまり、退転・反逆の輩は、あたかも方法の違いのように見せかけて、実のところ、易きに流れ、賢しげな気分に溺れ、批判に明け暮れて、結局、「師匠の心」「異体同心の輪」から、外れてしまうのだと厳しく断言されています。
この誡めを肝に銘じ、魔に付け入る隙を与えぬよう求道心を燃え上がらせ、自身を鍛え抜き、学会活動に励むなかにこそ、広布の実現があるのです。
(創価新報 2019年9月4日付)
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