祝・羽生永世七冠

先日、将棋棋士の羽生善治氏が永世七冠を達成しました。これにてタイトル数の通算合計数も99となりました。このタイトルというのは、160名余りのプロ棋士がしのぎを削るタイトル戦で、優勝できて初めて手に入る称号なのです。大体1年間をかけ複数のタイトル戦を並行して戦っていきます。最も高額な竜王戦では、4320万円の優勝賞金を1つのタイトル戦で手にする、というから驚きです。

相当に強い人であっても、一度もタイトルを取れないプロもたくさんいます。羽生善治氏はこのタイトルを今までに99個も獲得しただけでなく、その時代の将棋界を代表すると言われる永世称号をも、七大タイトル全てで獲得したのです。詳しくは次のリンクをご覧ください。

→永世七冠・羽生善治

 

いかにタイトルを取るのが困難か、ここらへんは、将棋士の生き様を描いた映画『3月のライオン』によく描かれています。次の1~2枚目の画像をクリックすると、前編・後編をそれぞれ Amazon ビデオでネット上から見ることができます。(「その他の購入オプション」から「標準画質」を選択すると、それぞれ400円で購入できます。予告編は無料で視聴できます)

 

  

 

次の3枚目の画像は、羽生善治氏の奥さんがツイッターをされていまして、祝福のツイートをしましたら図らずもお返事を頂きました。何千人というファンの人々のツイートに、1つ1つ返事を返された奥さんの、ファンを大事にする心にも感動しました。この妻ありての羽生氏の活躍だったのだと知った次第です。

 

4枚目の画像は、15年前に私が取得した段位免状です。左の方に3名の署名がありますが、一番左の署名が「竜王 羽生善治」と直筆で認められています。この免状は、金銭面ではない意味で価値が上がりましたので、これからも大事にしたいと思います。

 

(平29.12.10 一部加筆・修正しました)

 

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不思議法則

しばれますね~。連日マイナス10度以下となり、冷凍庫並みの厳寒の中での配達を続けています。今日は、精神科医でドクター部の於保先生という方のお話を、一部抜粋して紹介させて頂きます。

 

難しいところなので、角度を変えてお話ししてみます。以前、やはりこころのページの「ふれあい診察室から」というコラムに「不思議法則」というのを書いたんです。いろんな人を見ていると、真面目な人、頑張り屋の人、責任感の強い人、また、思いやりのある人、自分のことを顧みず尽くす人、こういう人が不思議に行き詰まっている。真面目な人が、頑張っているのに不思議に開けない。そこまで人に尽くしている人が、有り難がられるどころか、かえって迷惑がられたり、バカにされたり、ひどい場合は恨まれたりしている。そういう人を見たことありません?真面目な人が意外と開けない。

そうかと思うと、ちゃらんぽらんで、図々しくて、要領よく立ち回っている人が、やることなすこと意外とうまくいく。うまくいくものですから、ますます人に持ち上げられて、ますます、開けていっているという現実がある。私はいろんな人の人生に出会う場面が多いものですから、よくそういう現象を見るんです。正直者がばかを見て、悪い奴ほどよく太ると。「なぜなんだろう?」最初のうち分かりませんでした。私はちょうどそういうことを研究できる立場にありまして、その結果、だんだん見えてきたことを、「ふれあい診察室」に書いたんです。最初、抵抗がありました。これはちょっと問題あるから載せてくれるかな。カットされるかなと躊躇【ちゅうちょ】したのですが、あえて書きました。おそらくそういうことで悩んでいらっしゃる方があるだろうから、そういう人のためにと思って書いたんです。幸い載せてもらえました。

そうしたら、何件かやはり問い合わせがきました。「書いてあるとおりです。私は去年まで一生懸命、折伏し、新聞啓蒙し、また、財務も頑張り、全力で戦いました。ところが、病気になって、今は生活保護を受けています。なんで、こんなに頑張っているのにこうなるのか、わからない。そうなると書いてある、そう書いてあるけれども詳しく書いてないから、よくわからない」ということで、問い合わせがきましてね。さっそく、お返事を書いて、後で喜んでいただきました。実はこういう現象が起きる原因は、その奥に一つの法則があるからなんですね。表面の現象でなく、その奥の法則を「不思議法則」と勝手に名づけたんです。

どういう法則かというと、たとえば、困っている人のため、家族のため、また、学会活動のため、広宣流布のため、世界平和のため、世の中の正義のために、戦う。だけど我慢して、自分を殺して、すなわち、自分を粗末にしてやる人は、福運を失う。したがって、自分を粗末にしているように、人からも粗末にされるようになっていくという法則なんですね。「私さえ我慢すれば、私さえ耐えていれば、いつかこの苦労が実るときが来る。それまでの辛抱だ」。「陰徳あれば陽報あり」なんだからと。やればやるほどひどくなるんです。これでもかこれでもかというくらい、ひどい目に遭うんです。つまり、これは陰徳にならないんです。どうしてかというと、妙法の当体を殺しているからなんです。同じ事をやっても自分自身が喜びながら、楽しみながら、自分の命を輝かしながらやることは、これは福運になっていくんです。したがって、自分を大事にしているように、人からも大事にされていく。

ちょうど、今月のSGIグラフ(2000年5月号)の中で奥様のことを池田先生がおっしゃられています。いつも奥様は微笑まれている。「幸せだから微笑むのではない。微笑んでいくことが幸せの因になっていくんだ。幸せだから微笑む、幸せの結果として微笑むんじゃないんだ。どんな大変なときも、そこでにっこり笑っていく、その命に福運が増していくんだ。」という意味の一節がありましたが、まさに、不思議法則です。

たとえば、「折伏すれば開ける」「新聞啓蒙すれば幸せになる」また、「財務に何桁に挑戦すれば幸せになる」。こういうのを餓鬼道と言うわけです。見返りを求めている。したがって、やっても開けなかったら恨みになってしまいます。菩薩道というのは違うんです。大聖人は「自他共に喜ぶなり」といわれています。有名な徳勝童子の譬えがありますね。みんながお釈迦様に供養している様子を見て、僕も何か供養したい。でも、何もさしあげるものがないから、土饅頭をこねてさしあげた。その功徳で阿育王に生まれ変わることができたという話しです。
ところで、もし、このとき、徳勝童子が、土饅頭をお釈迦様にさしあげれば、後で功徳がある。それを期待して土饅頭をさしあげる、という取引のような気持ちでやっているとしたら、その心には、福運はつかないでしょう。真心から喜んでしていく。その命に福運がつくんですね。ギブアンドテイクではないんです。いわゆる自己犠牲精神じゃないんです。

一生懸命、自己犠牲精神で頑張っていればいつか功徳が出てくるだろうというのは間違いですね。この不思議法則。自分を輝かせながら生きていく方と、自分が我慢していく方と、池田先生はどっちでしょう?明らかに前者なんですね。喜んでやってらっしゃるからあんな詩が書けるのでしょう。嫌々、苦しみながらでは、あの写真は撮れないでしょう。(会館の壁にある池田先生が撮られた花畑の写真を指差しながら)池田先生の写真を見てみてください。先生の写真を見ていつも思うんです。あれを見ていると、ちょうど女子部や婦人部が「先生!」って言っているのと同じように感じません?あの花々が。我々が撮るとなかなかああいう感じにならないですね。花がただそこに咲いているって感じになるんです。しかし、先生の写真には、訴えかけてくるものがある。どうしてだろうと考えました。そしてつくづく思ったんです。法華経というのは「喜ぶ経典」なんですね。池田先生は喜んでいらっしゃる。喜びの生命(いのち)に自然が感応しているんですね。その喜んでいる自然を撮っている。だから、「自然との対話」と名づけられたんですね。

この話をある芸術部の人にしました。すると、その方が以前、先生と会食した時、先生が「みんなにはわからないかもしれないけれど、僕は自然と話ができるんだよ。その対話の写真なんだよ」とおっしゃられたそうです。この不思議法則。不思議というのは妙。法則は法。すなわち、妙法なんですね。したがって、妙法の当体を粗末にする人は、福運を失うんです。妙法の当体を輝かせる人は、福運を増していくんです。現実にどういう行動をとっているかということは大事です。しかし、自身の本心がどっちで生きているのか。自分の生命を輝かせ、楽しみながら生きる方向なのか。自分を卑下し、追いつめていく方向なのか。その生命の奥底がどちらに向いているかがさらに重要なんですね。

(ドクター部・於保 哲外先生『海の文化と村の文化』より)

 

 

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雪が降りました

今季も雪が降りました。今日は母を職場へ送ってから、『創価新報』の部数がなぜか合わず、置き場まで行ったり来たり。1部1部濡れないようにポリ袋へ入れたりと、何かと慌ただしい配達でしたが、お陰様で無事故で完了。帰宅後、朝食・小休止の後、母を迎えに行き帰宅して、駐車場の雪かき。こんな感じで、唱題2時間もあげつつなので、自分の自営の仕事を始める前に、すでに快い疲労感があります。

2枚目の画像は、先日雪が降る前に港へ行き、大きな船を背景に両親を写しました。(目もとはボカシてあります)最近、事細かには書きませんが、かなり忙しくなってきました。信心根本に用心に用心を重ねて、絶対無事故で新年を迎えていきます。

 

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適応機制

「適応機制」―てきおうきせい は「防衛機制」とも言われるそうだが、初めて目にしたのは、年齢制限で断念するまで8回にわたって受け続けた教員採用試験であった。心理学の概念であるが、今では介護現場などでも学ばれているようである。

人間の複雑微妙な「心」のはたらきを一歩深く知るための一助として、紹介したい。

 

 

 

→適応機制の解説1

→適応機制の解説2

 

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英訳御書 他 ~書籍紹介(4)

以下は、いま読み進んでいる書籍です。画像をクリックすると、詳細ページが開きます。

   

 

   

 

   

 

とくに手元にある『折伏教典』は母が買ったもので、奥付に昭和39年5月3日改訂4版発行とあります。ちなみに私が生まれたのはこの年の8月です。

この折伏教典はまだ半分ほども進んでいませんが、戸田第2代会長のご指導が多く載っており、ぐいぐいと引き込まれるようにして読んでいます。その際に、現在の公式見解と異なる部分がありますので、大体、

  日蓮正宗 → 創価学会
  大御本尊 → 御本尊

と読み替えて進めると、違和感なく読み進むことができ、何の支障もありません。

草創期の学会員は、この折伏教典を常に携帯して、折伏に励んだと言います。初版が昭和26年発行ですから、今から66年前の資料となり、だいぶ古いです。しかし、これから折伏を進めるに当たって、必ず何か役に立つはずだ、との思いで読み進んでいます。

 

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