隣市へ交流

近場ですが、隣の市の法戦のため、交流に父母を乗せて行ってきました。友人の父親に会えた所では、党を余りに真っ向から否定し、侮辱するような言葉さえ言われたので、こちらも一歩も退かずに徹して真実と正義を訴え抜きました。

「遠くから反対を叫んでいるだけ、口先だけ恰好だけ反対を叫んでいても政治は変わらない」 「公明がそばにいて自民にハッキリ物申しているからこそ、軌道修正がなされ暴走が抑えられている」との理解はしてくれました。熱くなって言葉が過ぎた部分をお互いに詫びつつ、辞しました。しばらくアドレナリンが出ていた(=興奮した)感じでしたが、対話後はスッキリとして晴れやかな気持ちになりました。

それ以外の7人の人々へは、好感触で依頼でき、近況も語り合えました。勇気を出して行ってきて本当に良かったです。やはり最も庶民の苦労が分かり、生活者目線で政治が行えるのは公明党です。地涌の菩薩を政界に送り出す戦いなのです。自分らしくまた一つ立正安国の戦いをさせてください、相手の方お一人お一人にも功徳・福運がいきますように、との祈りをまた叶えることができました。

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勝利で迎えた夏

先生が「黄金の三年」と言われた大事な広布の節目の時を、お陰様で大勝利で飾ることができてから、早1カ月が過ぎました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。今年も気付けば、とっくに折り返し点を過ぎ、残り4カ月半しかありませんね。ここでいま一度、今回の法戦の自己の振り返りを行ない、後半戦に向けスタートを切っていきたいと思います。

今回の法戦では、今までと明らかに異なること、追加で行なっていたことが幾つかありました。それは次の4点です。

①交流(兵庫県へは初。札幌へは2回。近隣の市町村など
②新聞の週3回の配達
③母(父)を同乗させての交流
④協力を取り付けた友人の自己目標170人の達成

兵庫交流についての概要はこちらをご覧ください →兵庫交流

聖教配達は3カ月の短期間などなら負担はそうでもないかもしれませんが、長期になると配っても配っても次の配達の日が来る感じで、なかなか大変です。とは言っても、もう1年にもなると配達が生活の一部となってきましたし、心身の健康のためにもなり、功徳やメリットが多いです。常に「明日は配達だ」との意識がありますし、決して穴は開けられませんので、法戦の他いろいろな戦いの中でも、疲れを溜めない工夫を心がけるようになったと思います。やっと1年から進級となったばかりですから、まだまだこれからと気を引き締めております。配達をやり切りながら法戦を戦い切ったことは、1つの小さな自信になりました。

次に、両親を乗せての交流は、もうだいぶ高齢でもあるので、自分が足になってあげれば、親も動きやすいだろうし、こちらも心配する必要がなくなるとの理由からです。回数にして4~5回ほどに分けて、合計15軒以上の親の友人知人宅を車で訪問して回りました。信心歴の長い親の人徳ゆえでしょうか、ほとんどの訪問先で上がらせて頂きじっくり対話することができました。

こうして自分らしく法戦を戦い切った功徳としか考えられないのですが、不思議にも選挙が終わった次の日から、仕事がたくさん入ってきて、この1カ月忙しい日々を送っていました。それも毎日2時間の唱題を持続しながら、配達もやり切りながら、楽しく仕事もこなしています。売上が確実にアップしています。

叶ひ叶はぬは御信心により候べし全く日蓮がとがにあらず、
水すめば月うつる風ふけば木ゆるぐごとく
みなの御心は水のごとし信のよは(弱)きはにご(濁)るがごとし、
信心の・いさぎよきはす(澄)めるがごとし、
木は道理のごとし・風のゆるがすは経文をよむがごとしと・をぼしめせ
(御書p.1262)

この御書を通して池田先生は次のようにご指導されています。
御本尊に自行化他の題目を唱え、御書根本に戦うならば、「教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき」(p.1187)と仰せの如く、願った通りに功徳爛漫の勝利の人生を開いていけるのです。
「一切は祈りから始まる」——いつ、いかなる時も、私たちは、強盛な祈り、潔【いさぎよ】い信心、誓願の題目で、生き生きと出発していきたい。ここが「絶対勝利の信心」の要諦です。
(大白蓮華2016-7月号p.32)

父親の要介護度が上がったり、シルバーデイケアでの問題、自分のこれからの人生の様々な目標の達成など、まだ当然 悩みもありますが、決して絶望することなく希望が打ち勝っていけている状態です。これこそ最大の功徳であり、幸福と言えるのかもしれません。御本尊様と先生、創価学会に感謝致します。本当に有難うございます。この充実感と喜びを発条【ばね】にして、人を救う地湧の使命を、後半戦も果たし切っていきます。

(H28.9.21修正しました)

 

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電話での対話

先日、遠方にいる、1人の気がかりな内部・壮年部の人に、電話をしました。約2時間語り合いました。電話料金は私のカケホーダイ・プランでかけたので大丈夫でした。

いろいろと語り合ったのですが、その中でこんなことを相手の人が言うのです。
「いまの創価学会で活動すると罰を受けて、地獄に堕ちるよ」
???! 私は耳を疑いました。反射的に口に出たのは、
「まるで日顕宗の人間みたいなことを言っているね。自分の信心がだいぶ危ない所に居るのが解らないのかい?」と。

その人の主張は、安保法制には反対だから、それを推し進めた公明党に票を投じるつもりもないし、支持団体としてそれを容認した創価学会執行部は悪だ、というのです。それが高じて、「学会活動で地獄に堕ちる」とまで思いつめたらしいのです。

共○党による戦争法案とのレッテル貼りが狙いの「大ウソ」に、完全に騙されているのです。真実は、現在の我が国の安全保障を取り巻く国際情勢から、不可欠な法整備であること、公明党が何重にも厳重に歯止めをかけさせたこと、何より公明党がやったことだから大丈夫と何度言っても、信じようとしないのです。2時間費やして対話しましたが、話は平行線で、堂々巡り。不本意ながら終了となりました。

相手は電話を通して、何度か感情的になり逆上してきた場面もあり、こちらとしては大変に疲れました。近ごろはまったく会合にも出ていないとのことで、信心の息吹に触れることができず、信心が分からなくなっている状況なのです。ともかく無理を承知で、選挙区と比例区の各候補を、実績も紹介しながら訴えました。今回、臆病の岬を1つ越えて行動を起こせたことに悔いはありません。

信心の話は「毛穴からでも入る」との有名な言葉があるように、一生懸命対話したぶん、表面上の反応はどうあれ、命に届くものがあったと確信します。自分も今回の対話で、意見が違う人々に関する情報が多数得られましたので、今後の対話にも活かされると思います。何より、その人へ今後も題目を送り続けたいと思っています。

→平和安全法制

 

 

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兵庫交流

この土日に兵庫県に行ってまいりました。
約30年前に高専の工場見学で大阪を訪問して以来の、近畿入りとなりました。

現地でレンタカーを借り、宝塚市、伊丹市、尼崎市、西宮市、神戸市と5市を周り訴えきってきました。自分の所属組織の同志から題目の応援を頂き、諸天に守りに守られ、所期の目標を達成し無事故で帰宅することができました。この場を借りて、題目を贈って頂いた方々、応援してくださった方々に、心より感謝申し上げます。これ以上のことは詳細に書くことはしませんが、苦労も多かった分、最高に充実した2日間を過ごせました。

写真などを撮る余裕は無かったのが正直なところですが、次の2枚は帰路の神戸空港の様子です。予定より早く空港に着き、未だ閑散としています。

神戸空港-1-2

神戸空港-2-2

話は変わりますが、今回訪れた阪神地方には、近江商人の心得として、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」、すなわち「三方良し【さんぽうよし】」というのがあるそうです。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるという意味だそうです。

私たちの実践もある意味で、立正安国の行動における「三方良し」とも言うべき、通じるものがあると思うのです。つまり「政治良し」「友人良し」「自分良し」を実現するものだということです。

よく言われるように我々は単なる選挙屋ではないのですから、立正安国への1つ1つの行動は、以下の3つのことを目指したものなのです。

1.政治を監視し菩薩界・仏界の政治家をつくり、国家・社会の平和と安穏を実現する(政治良し)
2.友人との対話を通じて、仏界の生命力を分かち合う(友人良し)
3.自分自身が功徳を受け、生活革命する(自分良し)

今回の交流で勢いを出して、自己の戦いの目標、功徳の目標へ向けて、自分に出来ることを100%やり切っていきます。

 

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立正安国の精神と行動

この前の休日に札幌に交流に行ってきました。父母を乗せて全行程8時間半の交流となりました。1軒を除いて残り全てのお宅に上がることができ対話しました。

今は日本列島じゅう行きましょうという時ですから、札幌交流というのは近場過ぎて、わざわざ言うのも恥ずかしい限りです。しかし遠くも大事ですが、近くもおろそかにはできません。今日土曜日も、朝から配達もあり、昼は車両誘導の任務と、多忙な日でしたが、5区の行動を自分なりにやり切ることができました。

法戦も次第に本格化している時節ですが、昔こんな疑問を投げかけていた人を思い出します。
「どうして法戦を戦わなければならないのか。そのことを明確に教えた御書も、指導も聞いたことがありません」
との内容でした。この1つの答えが『立正安国論』の一節だと思います。

汝須(なんじ・すべから)く一身の安堵(あんど)を思わば
先ず四表の静謐(せいひつ)を祷(いの)らん者か

(御書p.31)

我が身の安穏と幸福を願うならば、周りの世の中、広く言えば全世界の安穏と全民衆の幸福をも祈るべきである、との仰せです。この御書に関して、学会指導にもこうあります。

現実社会の問題に目を背け、ただ宗教の枠に閉じこもっているのは無慈悲である。力ある宗教であればこそ、社会の課題を解決するために、具体的に行動していくべきである(趣意)

創価の日蓮仏法は本来、我が身一個の保身を願うちっぽけな祈りではありません。具体的かつ現実に、社会を変革し繁栄させ人々に真の幸福をもたらす、祈りであり実践なのです。その一環が、仏界・菩薩界を体現した政治家を送り込む、一つ一つの法戦なのです。

 

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