「青年・飛躍の年」明けましておめでとうございます

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白米一俵御書

南無と申すはいかなることぞと申すに、南無と申すは天竺のことば(言葉)にて候。漢土・日本には「帰命」と申す。帰命と申すは、我が命を仏に奉ると申すことなり。我が身には分に随って妻子・眷属・所領・金銀等をも(持)てる人人もあり・また財(たから)なき人々もあり、財あるも財なきも、命と申す財にす(過)ぎて候財は候はず。されば・いに(古)しへの聖人・賢人と申すは、命を仏にまい(進)らせて・仏にはなり(成)候なり。

 

(中略)
ただし、仏にな(成)り候ことは、凡夫は志と申す文字を心え(得)て仏にな(成)り候なり。
(新版2052㌻、全集1596㌻)

 

 

【ひと言感想】
白米一俵をご供養した門下の信心を讃えられた御書です。過去の聖人・賢人は皆、自分の命を仏に捧げてこそ、仏となることができたのだと仰せです。ただし凡夫は、「志」によってこそ、仏の境涯を開くことができると仰せです。「こころざし」とは、一面から言えば「臆病」とは対極にある、「勇気」であり「確信」です。

 

池田先生は、「不自惜身命」について講義されたことがあります。仏法の実践において、我が生命を惜しまない姿勢とは、決して、自分の命を粗末にすることではないと仰っています。広宣流布のために我が身を惜しまず行動していくこと、広布のために貢献する人生を生き抜いていくことこそが、正しい不自惜身命であると指導されています。

 

誓願の唱題により師子王の心を呼び出だして、今年こそは、広布においても社会においても、「飛躍」の一年としてまいります。青年を育成することと、自らも青年の心を持ちつつ、大いなる成長の節を刻んでいきます。今年も何卒よろしくお願いします。

 

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