900万遍達成

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今日で4年と5カ月余りかけて唱題900万遍を達成しました。
少し前の聖教新聞に、祈ること自体が目的になってはいけない、何のために題目をあげるのかとの、こちらの一念こそが大事、とのある大先輩の指導が載っていました。

広布のためにとの一念、戦う一念、自他の幸福の実証を開きゆく一念、をと思いを新たにしています。

つい最近も、悩み抜いた果てに、万策尽きたと呆然と思った時に、
「私には御本尊があるではないか、もう祈り切るしかない」
と猛然と1万遍の題目を4日間繰り返しました。

ちょうど合計10時間に達したとき、橋がないところに橋がかかりました。
道がないところに道ができました。
音を立てて大きく解決の歯車が回転したのです。

創価の御本尊は凄いです。
題目の力は凄いです。
先生は、題目には鉄の扉を開ける力があるのです、と仰っています。

ひとたび創価の御本尊を持ったからには、
行き詰れば行き詰るほど、チャンスです。
もうだめだと思った時ほど、この信心で見事に解決し、体験と確信をつかむ好機到来なのです。

御聖訓に、次のようにある通りなのです。

「大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる」
(御書p.1300)

「妙とは蘇生の義なり 蘇生と申すはよみがへる義なり、
(中略)
法華経は死せる者をも治するが故に妙と云ふ釈なり、
されば諸経にしては仏になる者も仏になるべからず
其の故は法華は仏になりがたき者すら尚仏になりぬ、
なりやすき者は云ふにや及ぶと云う道理立ちぬれば
法華経をとかれて後は諸経にをもむく一人もあるべからず」
(p.947)

文底の法華経に具わる、醍醐のなかの醍醐味を、これからも存分に自受法楽――ほしいままに受け用いていきます。
そしてその大歓喜をもって、苦悩に沈む、道を求める友人たちに、創価の仏法の素晴らしさを我が身で示し切っていきます。

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