退転・反逆者の本質 -指導集(23)

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『人間革命 第1巻』から読み直してきて今、『新・人間革命 第16巻』に入ってきました。トータルで12冊+16冊=計28冊目に差し掛かったことになります。第16巻の「入魂」の章から備忘的意味を込めて特に印象に残った部分を抜粋します。

 

 

伸一は、「最後に皆で御書を研鑽したい」と言って、朗々たる声で、御書を拝読していった。それは「佐渡御書」の一節であった。

 

「日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がか(斯)くなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等(びゃくにんら)が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便(こと・ふびん)とも申す計りなし」(御書960㌻)

 

(中略)
烈々たる山本伸一の声が響いた。(中略)「あたかも日蓮大聖人を信じ、どこまでも随順していくかのようでありながら、ひとたび大聖人が大難にあわれると、疑いを起こし、法華経を捨てた臆病な弟子たちがいた。しかも、彼らは、大聖人を悪口し、教訓して、自分たちの方が賢いと思っている。自分の臆病さを正当化し、大難を逃れ、尊大ぶって師を批判する。臆病と慢心とは表裏一体なんです。

 

弟子であった者が、退転し、最終的に広宣流布を破壊していく。釈尊在世の提婆達多も、また、大聖人の時代の三位房らもそうです。これこそ、『師子身中の虫』であり、師匠への最も卑劣な裏切りです。戸田先生が亡くなる少し前に、ある人物が、これからの学会の敵は何かと質問した。その時、先生は、言下に『敵は内部だよ』と答えられた。『師子身中の虫』が仏法を破るのだと、大聖人も結論されている。ゆえに、広宣流布の道は『師子身中の虫』との戦いであるということを、生命に刻んでいただきたい」

 

(中略)
伸一は、さらに力をこめて訴えた。「大聖人は、弟子でありながら退転・違背していった、心の歪んだ”僻人(びゃくにん)”たちは、仏法の法理に照らして、念仏者よりも、長く阿鼻地獄に堕ちて、苦しみ抜くのだと、御断言になっている。そして、そのことを思うと、不憫(ふびん)で、かわいそうでならないと言われているんです。

 

大聖人は、常に弟子たちを厳しく戒められていますが、それは、断じて門下を守り抜こうとする大慈悲からです。惰弱でずる賢い姿勢が見られたり、不正がある者がいたら、見て見ぬふりをするのではなく、厳格に指摘し、諫めていくことが慈悲です。それが相手を救うことになるんです

 

 

伸一は、さらに御書を拝した。(中略)「日蓮御房は師匠にておはせども余にこは(剛)し我等はやは(柔)らかに法華経を弘むべしと云んは螢火(ほたるび)が日月をわらひ蟻塚(ありづか)が華山(かざん)を下し井江(せいこう)が河海(かかい)をあなづり烏鵲(かささぎ)が鸞鳳(らんほう)をわらふなるべしわらふなるべし」(御書961㌻)

 

彼は講義を続けた。(中略)「大聖人門下で退転していった者たちは、こう批判した。『日蓮御房は自分たちの師匠ではあるけれど、弘教の方法が、あまりにも強すぎる』つまり、弘教の方法が間違っていたから、大聖人は難にあうのだと言う。これは、とんでもない言いがかりです。

 

末法の弘教は折伏と定められている。当然、強く叫び抜かなければならない。また、難があるのは、経文通りに正しく実践しているからです。しかし、退転者たちは『我等は柔らかに法華経を弘めよう』と言う。彼らの本質は臆病であり、保身です。名聞名利なんです。ところが、いかにも利口げに、自分が正しいかのように詭弁(きべん)を弄(ろう)する。しかも、正義の人に濡れ衣を着せたり、巧みに問題をすり替えたりして、大善の人を大悪人にしていく。そして、人びとを誑(たぶら)かし、退転させていくのが、反逆者の常套手段です」

 

(中略)
参加者は皆、山本伸一の講義を全身で受け止めるかのように、身じろぎ一つしなかった。「大切なことは、退転し、反逆していく者の嘘を見破り、その悪を暴き出し、徹底して打ち砕いていくことです。釈尊の弟子である提婆達多が、阿闍世王(あじゃせおう)という政治権力とつながり、釈尊の命をもつけ狙う大怨敵となったように、現代にあっても、反逆者が学会を、広宣流布を破壊する元凶になります。

 

だから、あらゆる力を尽くして、悪の根を断ち切っていくまで、戦って、戦って、戦い抜くことです。私どもがいかに正義であっても、中途半端な戦いであったならば、敗れてしまう。断じて追撃の手を緩めてはならない。これは、大学会の諸君に託す私の遺言です。いいですね!」

 

「はい!」
メンバーの目には、邪悪を許さず、断固として戦い、倒しゆかんとする決意が燃えていた。最後に、伸一は、こう話を結んだ。「創価学会こそ、日蓮大聖人の仰せ通りに、広宣流布という未聞の大思想運動を展開している唯一無二の団体です。それゆえに、仏法の法理に照らして、さまざまな中傷や迫害、困難があるのは当然です。しかし、尊き学会と運命を共にしゆく決意で、一生涯、崇高なるわが使命を果たし抜いていただきたい。そして、”行動の哲学者”として民衆のなかに入り、民衆に尽くし、民衆のために縦横無尽に戦い抜いていただきたい。それが、大学という最高学府に学んだ者の義務であり、使命です。

 

大学会の諸君、二十一世紀を頼むよ。その時こそ、勝負だよ。二十一世紀に学会がどうなっているか。広宣流布の永遠の基盤がつくれるかどうか――それは、すべて諸君の責任です。勝とうよ。勝って、みんなで肩を叩き台い、喜び、讃え合おう。共に立とう! 共に戦おう!」

 

 

当世の習いそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり」(御書1339㌻)とある通りです。退転の輩が知ったかぶりの狡賢き小才でいかに学会を貶めようとも、結局は「還著於本人」の原理により、口から出たゴミ(=悪口)は当人の身に厳罰となって返っていくのです。

 

 

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