念仏無間地獄(5)

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念仏宗の人は臨終の相が悪いと、大聖人は仰せです。
悪い腫物(はれもの)などの重病が多く、特に臨終に狂乱すると仰せです。
狂乱とは、死に臨んで正念が保てず、心が顛倒(てんどう)し心が錯乱するので、おめき叫んだり狂乱の姿を現じるのでしょう。

十悪五逆を作らざる当世の念仏の上人達並に大檀那等の、
臨終の悪瘡(あくそう)等の諸の悪重病並に臨終の狂乱は意を得ざる事なり、

而るに善導和尚の十即十生と定め又定得往生等の釈の如きは疑無きの処に、
十人に九人往生すと雖も一人往生せざれば猶不審発る可し、

何に況や念仏宗の長者為る善慧・隆観・聖光・薩生・南無・真光等・皆悪瘡等の重病を受けて臨終に狂乱して死するの由之を聞き又之を知る、
其の已下の念仏者の臨終の狂乱其の数を知らず、

善導和尚の定むる所の十即十生は闕(か)けて嫌える所の千中無一と成んぬ、
千中無一と定められし法華真言の行者は粗ぼ臨終の正念なる由之を聞けり、
(御書p.105~)

次の御書は、中国で浄土宗を大成させた善導の臨終について描写した御文です。
善導は、柳の枝に首をくくって自殺しようとしますが、枝が折れ、折からの干ばつでカチカチに硬くなった地面で腰骨を砕きます。
七日七夜の間、のた打ち回り、おめき叫びて、死んでいったのです。
このことを通して大聖人は、念仏の弟子であるなら、師匠が行なった如く、弟子も自害するのでなければ、師に背く咎(とが)があるのではないかと、痛切に破折されます。

多宝如来の皆是真実の証明の御言 妄語と成るか、
十方諸仏の上至梵天の広長舌も破られ給ぬ、
三世諸仏の大怨敵と為り十方如来成仏の種子を失う大謗法の科甚重(とが・はなはだ・おも)し、
大罪報の至り無間大城の業因なり、

之に依つて忽(たちまち)に物狂いにや成けん
所居の寺の前の柳の木に登りて自ら頚(くび)をくくりて身を投げ死し畢(おわ)んぬ
邪法のたたり踵(きびす)を回(めぐら)さず冥罰爰(みょうばつ・ここ)に見たり、

最後臨終の言に云く此の身厭(み・いと)う可し諸苦に責められ暫くも休息無しと
即ち所居の寺の前の柳の木に登り西に向い願つて日(いわ)く
仏の威神以て我を取り観音勢至来つて又我を扶(たす)けたまえと唱え畢(おわ)つて
青柳の上より身を投げて自絶す云云、

三月十七日くびをくくりて飛たりける程にくくり縄や切れけん
柳の枝や折れけん
大旱魃(だいかんばつ)の堅土(かたつち)の上に落て腰骨を打折(うち・くじき)て、
二十四日に至るまで七日七夜の間 悶絶躄地(もんぜつびゃくち)しておめきさけびて死し畢(おわ)んぬ、

さればにや是程の高祖をば往生の人の内には入れざるらんと覚ゆ
此事全く余宗の誹謗に非ず法華宗の妄語にも非ず
善導和尚自筆の類聚伝(るいじゅでん)の文なり云云、

而も流を酌む者は其の源を忘れず法を行ずる者は其の師の跡を踏む可し云云
浄土門に入つて師の跡を踏む可くば
臨終の時 善導が如く自害有る可きか、
念仏者として頚(くび)をくくらずんば師に背く咎(とが)有る可きか如何。
(p.99~)

3つめの御文は、念仏宗という悪法は唱えれば唱えるほど、自害の心、すなわち自殺の心が出てくると、その害毒の恐ろしさを仰せです。
念仏が流布した鎌倉時代には、入水自殺が流行ったそうです。
世を儚(はかな)み、あちこちで海に入っていく自殺者が急増しました。

念仏宗と申すは亡国の悪法なり、
このいくさには大体人人の自害をし候はんずるなり、
善導と申す愚癡の法師がひろめはじめて 自害をして候ゆへに
念仏をよくよく申せば自害の心出来し候ぞ。
(p.1509)

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