広布の母ありてこそ

一家和楽
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78歳になる母が草創期に頂いたバッジを見せてくれました。バッジの表には鶴の紋章が、裏面には「創価学会会員章」との文字が旧字体で刻まれています。昔は会員になると皆もらえたそうです。バッジを見つめながら、この広布の母ありてこそ、いま自分は創価の道を歩めていることに、深い感謝がこみ上げてきました。以下の記事は8年前に書いた「母へのインタビュー」の再掲です。

[引用ここから]

私を出産した時のことについて、母に聞きました。けっこうな年になるオヤジが、自分の出産時のことを詮索【せんさく】するのもおかしな話ですが、気になることがあったのです。それは私の頭が子どもの時から、標準サイズより大きく、親戚・友だちなどからよくバカにされるように言われていたのです。

「○○の頭はでかいねぇ。中に何が入ってるんだい、石ころでも詰まってるのかい?」

今にして思えば、ひどい言葉ですが、母親のアドバイスも参考にして、そう言われた時は、

「僕の頭には脳みそが一杯詰まってるんだ」

と答えていました。その後、大人になって、母が私を出産した時のことについて、何度か話してくれました。ひどい難産だったために、頭が大きくなったのではと、自分なりに2つの事柄をかってに結びつけて考えていました。いかに難産であったかの話は次の通りです。

実家の北海道森町の自宅で、すでに4日位苦しんでいました。費用が安く済むので、お産婆さんに来てもらっていたのですが、そのお産婆さんが5日目に、余りに難産のため、「私おっかないよ。私には手にをえない」と手に余すほどでした。そこでとうとう、オシロナイ(尾白内)という町にある病院へ向かうことになりました。

自動車で1~2時間かかる道なのですが、当時は道がじゃり道で凸凹で揺られっぱなしだったそうです。やっと真夜中の24時頃病院に着きましたが、病院で生まれるまでさらに、朝方5時までの5時間を苦しみ抜くことになります。夜中だから、「他の患者がいるから、泣いたりほえたりしないように」と注意されたが、もう疲れ切って声も出なかったそうです。

難産の理由は、へその緒が首に巻かさっていたのです。それで赤ん坊は、引っかかって出てこれなかったのです。母が息をしなくてはいけないから、その時に引っ込んでしまいます。ですから、一瞬で取り出さなくてはならないのです。「お母さんも苦しいけど、子どもも苦しいんだよ」と医者に言われたそうです。やっと生まれた時には、感動で、涙が出たとのことです。言葉では分かったつもりでも、生みの苦しみは男には永久に理解できません。

結局、母の話では、私の頭が大きいのは、この出産とは無関係とのことで、それよりも母方の曽祖父が体も頭もガッチリしていたためだそうです。母方の家系は皆、そういう体つきなのだそうです。ところで、頭が大きいことの後日談が1つあります。

子どものころ、「ずいぶん頭が大きいな。石でも詰まってるのか?」との心ない言葉に、「脳みそが一杯詰まってるんだ」と答えた話を、冒頭でしました。私の家系は大学を卒業した親戚が極端に少ないです。父は9人兄弟の長男、母は6人兄弟の長女で、私からみればおじ・おばのそれぞれに計15人くらいのいとこがいます。その30人を超える親戚の中で、大学を卒業したのは私と妹の2人だけです。

自分の体の特徴について笑われながらも、祖母・母の代から創価の信心を貫いてきた1つの功徳の姿が、大学卒業(しかも創大通教卒です)として現れたと、つくづく感じています。しかもそのまえに高専も卒業し、電気工学の準学士と、創大での教育学学士の2つを修めたのです。さらに私の妹も数年前、創大通教を卒業し、資格もとって現在、ケアマネージャーとして第一線で頑張っています。

親戚等の心ない言葉も、より深く信心の境地で捉えれば、そうした言われ方をしたことが、良き「発奮材料」となり「磨き石」の働きをしたとも言えます。身を挺して私を生んでくれた母、育ててくれた父、学問を教えてくれた先生方、今まで様々に関わってくださった方々に、深く感謝申し上げます。自分がしてもらったことを、広く社会へ還元していきたいと思います。

[引用ここまで]

以下は関連書籍の紹介です。

(令和1.11.8 加筆しました)

 

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コメント

  1. 都の月 より:

    お久し振りです。
    朝晩は、気温が下がり寒くなりましたね。
    草創期時代を頑張られて来られたお母様は、素晴らしいですね。
    ご両親様時代は、私の両親もそうですが、生活していくことで頑張っていたのではないかと思っています。
    経済的に苦しくても自分の食事よりも、子供達へお腹一杯食べさせたいとあったように思います。
    昨今は、虐待やこの子がいなければ…で命を奪ってしまうニュースが多いので、悲しくなります。
    学会での中で青年部や未来部を育てることは、とても大切なことですね。

    今月の夜の地区座談会で、財務の体験での話をします。原稿を書くのは久し振りになります。
    新聞配達、無事故でと祈ります。

    • Leo2014 より:

      都の月さん、お久し振りです。仰るように親の世代は、戦中戦後の激動期と飢餓の中に育ちましたので、自分の子供にはひもじい思いをさせたくないとの情愛に包まれて育ったのが我々世代なのでしょう。とはいうものの、私の親は軽度のネグレクト(育児放棄)だったのではという部分も、ないではないです。それはともかく、育ててくれたことの恩は限りなく深いです。

      今の世相は虐待など子供への人権侵害が、連日報道されています。最も愛されるはずの親から虐待され、命を奪われなければならない子供が可哀そうでなりません。夜回り先生・水谷修氏が講演で言っていました。社会・家庭において最もか弱い存在に、しわ寄せが行き虐待が起こると。社会で傷ついた父親は妻を虐め、その妻は子供に当たり、最も弱い乳幼児や、或いは高齢者へと虐待が向かう。弱者を守ることができない病理は、総じて、生命力というものが弱まっているから、としか言いようがないです。次の世代を守り育むことは、本当に大切なことです。

      体験発表ご苦労様です。1人の体験も大勢に語れば、功徳も何十倍になると言います。その反響等またお知らせ下さい。配達への応援も有難うございます。風邪などひかれませんように。下半期総仕上げの、人間革命の確かな足跡をお互い刻んでいきましょう。

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