小島の主の脅しを恐れるな

この記事は約2分で読めます。
壮年部の同志と御書を学び合いましたので紹介します。
読者の方々の何かの参考になればと思います。

各各(おのおの)我が弟子とな(名)のらん人人は
一人もをく(臆)しをもはるべからず、

をや(親)を・をもひ・めこ(妻子)を・をもひ
所領をかへりみることなかれ、
無量劫よりこのかた・をやこ(親子)のため
所領のために命すて(捨)たる事は
大地微塵よりも・をほ(多)し、法華経のゆへにはいまだ一度もすて(捨)ず、

法華経をばそこばく(若干)行ぜしかども
かかる事出来せしかば退転してやみ(止)にき、

譬えばゆ(湯)をわか(沸)して水に入れ
火を切るにとげ(遂)ざるがごとし、

各各(おのおの)思い切り給へ

此(こ)の身を法華経にか(換)うるは
石に金をか(換)へ糞に米をか(換)うるなり。

仏滅後二千二百二十余年が間
迦葉・阿難等・馬鳴・竜樹等・南岳・天台・妙楽・伝教等だにも
いまだひろめ給わぬ

法華経の肝心・諸仏の眼目たる妙法蓮華経の五字
末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相(ずいそう)に
日蓮さきがけしたり、

わたうども(和党共)二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ
天台・伝教にもこへ(超)よかし、

わづかの小島のぬし(主)らがをど(脅)さんを
をぢては閻魔王のせめ(責)をばいかんがすべき、

仏の御使とな(名)のりながらをく(臆)せんは
無下(むげ)の人人なりと申しふくめぬ

(種種御振舞御書p910後1行目~)

 

法華の心に背きぬれば十方の仏の命を失ふ罪なり、
此(こ)のをきて(掟)に背くを謗法の者とは申すなり、

地獄おそ(怖)るべし炎を以(もっ)て家とす、
餓鬼悲むべし飢渇(けかち)にうへ(飢)て子を食(くら)ふ、
修羅は闘諍なり 畜生は残害とて互に殺しあふ、

紅蓮(ぐれん)地獄と申すはくれなゐ(紅)のはちす(蓮)とよむ、
其(そ)の故は余りに寒(かん)に・つめられてこごむ間
せなかわれて肉の出でたるが紅の蓮に似たるなり、
況や大紅蓮をや、

かかる悪所にゆけば王位・将軍も物ならず
獄卒の呵責にあへる姿は猿をまは(回)すに異ならず、

此(こ)の時は争(いかで)か名聞名利
我慢偏執(がまんへんしゅう)有るべきや。

(新池御書p1439の8行目~)

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