十界互具

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十界とは生命の状態を10種類に分類したものである。

地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、仏

法華経以前の教えでは十界はそれぞれ固定的なものであり、例えば地獄界の者が餓鬼界に変化したり、人界に変わったりなどはできなかった。
しかし法華経に至って十界互具が説かれると、十界の1つ1つの界にさらに十界を具すことが明かされたのである。

つまり例えば、人界の衆生にも下は地獄から上は仏界までが、縁に触れて現われる。
人界に具わる地獄界、人界に具わる餓鬼界、・・・、人界に具わる菩薩界、人界に具わる仏界というようにである。
また、最高の境涯である仏界にも、地獄から仏界までが具わる。

では、なぜ人界や最高の仏界までもが、特に最低の三悪道の命を具えなければならないのだろうか。
例えば仏界に具わる地獄界は、広宣流布を進めるために苦しみ抜く境涯であろう。
仏界の餓鬼界は、広布のための大欲であろう。
仏界の畜生界は、広布のためとなる本能的行動であろう。

仏界に三悪道を具えるさらに別の理由は、苦悩に沈む三悪道の衆生に同苦し、苦を抜き楽を与えるためである。
つまり創価の信心を教え救っていくためである。

100%仏界が固まり他の九界の命が出てこなければ、これほど素晴らしいことはないように思うかもしれないが、それでは本当に苦しんでいる人々に同苦できない。
どうしても自分は安全地帯に居て、「救ってやろう」との上から目線になり、衆生からすれば「超然として悟りすました存在」 「自分たちとは違う、お高い人間」 にしか見えないであろう。

1人1人の悩みや性格に合わせて、自在に姿(言動)を変え深く関わって共感していく、いわば「応身仏【おうじんぶつ】」の働きが重要なのだ。
先生が身をもって示されてきた 「一人を大切に」 「民衆の中へ」 ということにも通じよう。

その意味で、三悪道・四悪趣の生命を離れて、本当の仏の力用を発揮することは、不可能とさえ言えるのである。
本当に苦しんだ人が幸せになれる信心である。
誰も味わったことのないような苦しみを乗り越えた人こそが、真に人を励ませるのである。

基底部の生命を、どこまでも仏界に強く鍛え上げながら、すべての苦悩の体験も生かし切っていくことのできる信心である。
少病少悩とも言われる如く、厳然と護られていることに感謝しながら、勇気凛々と進んでまいります。

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コメント

  1. 仏界に三悪道を具えるさらに別の理由は、苦悩に沈む三悪道の衆生に同苦し、苦を抜き楽を与えるためである。
    つまり創価の信心を教え救っていくためである。
    との文章を読んでM(私が折伏した友人)の事が頭に浮かびました
    彼は心の病で無気力な人でした。彼の心の病気は理解されず隣近所から嫌われ組織からも煙たがれていました。
    会合には10数年ほとんど参加せず、訪問しても私以外の人にはドアを開けることはほとんどありませんでした。
    彼の地域の幹部と話し合いができない状態が10年続きましたが最近、支部長が変わり、やっと話し合いができるようになりました。
    私は10数年間、話し合いがなかったこと、一人が大事との思いがどこにあると激しく怒鳴りました。
    過ぎ去った過去のことに執着しても何も変わらない。これから一人が大事との思いを具体的行動で示していこうと言いました。支部長は賛同し固い握手をしました。
    幹部と歯車ががっちり噛み合いました。それは私が10数年待っていた瞬間でした。
    すると不思議なものです。今では同中に参加し、彼の家で幹部と一緒に勤行し家庭訪問しています。
    彼の病気を治す薬はありません。デイケアに参加して生活習慣を身につけるぐらいです。
    そんな彼が家庭訪問し人のために汗を流すことは医学的には説明が難しいです。
    車椅子の人が突然歩けるようになれば、どうしてと思います。彼の変化はそれと同じ現象です。
    仏界に三悪道を具えるさらに別の理由は、苦悩に沈む三悪道の衆生に同苦し、苦を抜き楽を与えるためである。
    彼がそのことを私に教えてくれました。

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