最近、見た映画は以下の通り。
・カンフーハッスル 大変良い ☆☆☆☆☆
・日本沈没 良い ☆☆☆☆
・バイオハザード3 良い ☆☆☆☆
・ステルス 良い ☆☆☆☆
ここ2週間、ほぼ毎日1時間半の題目を上げている。
去る4月25日には、通算で2300万遍目の唱題を達成した。
色々な願いがあり、それらに完全に行き詰った感があったので、それらを完全達成するまではと長時間の題目を上げ始めた。
本当の目標としては、仕事が今無いこともあり1日2時間半~3時間(1万遍)を目標としている。
生命力がどんどん出てきて元気になってくるし、これが3ヵ月後6ヵ月後にどのように祈りが叶うかと思うと、ワクワクしてくる。
どん底だと思って上げ始めた題目だが、今では上げるのが楽しみになっている、不思議なものだ。
むろん三障四魔が虎視眈々と狙っている中なので、それらを打ち払いながらの題目闘争だ。
病気で入院した時も、1日3時間半の唱題を数ヶ月間持続して社会復帰を果たした。
その時必死に祈っていたことは、すべて完璧に叶った。
また今度、唱題根本に2度目の大きな体験をするべく、挑戦を開始した。
何十、何百万遍といっても、1遍1遍の積み重ねだ。
1遍1遍、題目を唱えられることに感謝しながら、境涯を開く戦いをして行きたいと決意している。
題目の「妙」とは不可思議の意味である。
凡夫の考えは遠く及ばないのである。
何かを本当に祈った時に、その願いがどういう手順で叶っていくかは、我々の凡智では計り知れないのである。
むかし御書の全編拝読に挑戦していた時、ある難しい漢字に行き当たった。
「鑰」という字でヤクと読みカギ(鍵)の意であることが、あとで分かった。
御書の943ページに次のようにある。
「妙と申す事は開と云う事なり世間に財を積める蔵に鑰【かぎ】なければ開く事かたし開かざれば蔵の内の財を見ず、華厳経は仏説き給いたりしかども経を開く鑰【かぎ】をば仏彼【ほとけ・か】の経に説き給はず、阿含方等般若観経等の四十余年の経経も仏説き給いたりしかども彼【か】の経経の意をば開き給はず、門を閉じてをかせ給いたりしかば人彼【ひと・か】の経経をさとる者一人もなかりき、たとひさとれりとをもひしも僻見【びゃっけん】にてありしなり、而【しか】るに仏法華経を説かせ給いて諸経の蔵を開かせ給いき、此【こ】の時に四十余年の九界の衆生始めて諸経の蔵の内の財をば見しりたりしなり、
(中略)
譬えば大海の一・の水に一切の河の水を納め一の如意宝珠の芥子計【けし・ばか】りなるが一切の如意宝珠の財を雨らすが如し、譬えば秋冬枯れたる草木の春夏の日に値うて枝葉華菓出来するが如し、爾前の秋冬の草木の如くなる九界の衆生法華経の妙の一字の春夏の日輪にあひたてまつりて菩提心の華さき成仏往生の菓なる、竜樹菩薩の大論に云く「譬えば大薬師の能【よ】く毒を以て薬と為すが如し」云云、此の文は大論に法華経の妙の徳を釈する文なり、妙楽大師の釈に云く「治し難きを能く治す所以【ゆえ】に妙と称す」等云云、総じて成仏往生のなりがたき者四人あり第一には決定性の二乗第二には一闡提人第三には空心の者第四には謗法の者なり、此等【これら】を法華経にをいて仏になさせ給ふ故に法華経を妙とは云うなり。」
要するに南無妙法蓮華経の題目が、宝の蔵を開くカギであり如意宝珠なのである、との意である。
文証だけならどこまで行っても文証に過ぎない。
我々は自行化他の題目を心底から唱えて生活に実証し、その証拠を示すことによって人々を救っていく使命があるのだ。
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