内省

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就職面接の記録を整理していた。

今までに受けた会社の数は150社くらいで、この10年だけでも40社くらいに応募している。
小学校の教員採用試験も8回受けて最終合格まで至らなかった。

20歳の頃、神奈川に独り暮らししていた時には、帰りの交通費が無い状態で、名古屋まで新幹線で面接を受けに行ったこともある。
交通費は相手の会社が支給してくれるという条件だったからだ。
もし払ってくれなかったらどうなっていたんだろうかと思う。

35歳を過ぎた辺りからは、書類選考で不可になり面接まで行かないことが多い。
ハロー・ワークの求人票には最近は、年齢不問・経験不問というのが多くなっているようだが、年配者は即戦力でなければダメというのは当たり前のようだ。

神奈川にいたころ金が無くて、大和市から北海道の苫小牧市まで各駅停車で帰ったことも、今思えば武勇伝みたいなものか。
どん行だと神奈川から苫小牧市まで何駅あるかは知らないが、数百回は止まったんじゃないかという記憶がある。
何駅あるのか今度調べてみるのも面白いかもしれない。

ある時は、新聞啓蒙に神奈川から千葉へ行ったのはいいが、帰りの電車賃が無いので、真夜中から朝方にかけて東京から数十kmを10時間以上歩いて帰ったということもあった。
そういうようなことが2回くらいあった。

楽しいことはほとんど覚えていないが、そういうどん底の苦労したことは五体に刻まれているように覚えているものだ。
「若い時には買ってでも苦労せよ」と松下幸之助氏も言っているが、私も半生を振り返って病気等、色々と辛酸を舐めさせてもらい今の自分があるのだな~と思った。
「鍛えの無い人生は、後で振り返った時に、こんなに味気なくツマラナイものはない」という趣旨の言葉が『青春対話』にあったが、本当にその通りだ。
まだまだ私もこれからの部分もあるが、このように定期的に過去を振り返り清算というか内省をするのは、大変に意義があることだと思う。

単に年をとったから、そんな日本昔話しみたいなことが出てくるのかもしれないが、過去の事柄1つ1つに正当な意味づけを与えられれば、これからの未来に進むべき道も自ずから見えてくるということも言えるだろう。

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