人を励まし、元気にするのが指導者の使命

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皆さまいかがお過ごしですか。豪雨被害に遭われた地域の方々には、心よりお見舞い申し上げます。ところで、TVではパリ・オリンピックがいよいよ開幕し、日本のメダル・ラッシュとなっていますね。ゆっくり見る時間は取れませんが、アスリート達のひたむきな姿にたくさんの感動をもらっています。

 

では早速本題に入りますが、先生が講義された『方便品・自我偈講義』の新版が、2年前に発刊されました。早々に購入し再読しています。ここでは、ちょうど今日読んだ、方便品の「言辞柔軟。悦可衆心。」の講義で、印象に残った部分を紹介します。

 

 

夏の風物詩

 

 

[新版]法華経「方便品・自我偈講義」から

 

【方便品】
舎利弗。如来能。種種分別。巧説諸法。言辞柔軟。悦可衆心。舎利弗。取要言之。無量無辺。未曾有法。仏悉成就。

 

舎利弗よ。如来は能(よ)く種種に分別して、巧みに諸法を説き、言辞(ごんじ)は柔軟(にゅうなん)にして、衆の心を悦可(えっか)せしめたまう。舎利弗よ。要を取りて之(これ)を言わば、無量無辺の未曾有の法を、仏は悉(ことごと)く成就したまえり。

 

【通解】舎利弗よ。如来は、多くの法をさまざまによく区別して巧みに説く。言葉は柔らかであり、人々の心を喜ばせる。舎利弗よ。要点を言えば、量ることもできず限界もない、いまだかつてない法を、仏はすべて成就されているのである。

 

 

【池田先生の講義】

仏の広大な智慧を讃嘆する内容が続きます。ここでは、如来が、人々の理解や境遇に応じて、教えを巧みに説いてきたこと、仏の言葉は柔らかで、衆生の心を喜ばせてきたことを振り返り、結局、それを可能にしてきたのは、如来が「量り知ることもできない、限界もない、いまだかつてない法」を持(たも)っているからであると述べています。

 

方便品で、釈尊が「未曾有の法」について取り上げるのは、冒頭からこれで三回目です。(中略)この方便品で、釈尊が舎利弗に対して、まったく同じ趣旨の話を何回も繰り返しているのは、なぜでしようか。(中略)舎利弗たちが、自身の「小さな智慧」に満足していては、仏の「広大な智慧」を知ることはできない。そのため仏は、仏の智慧がいかにすばらしいかを、懇切丁寧に何度でも説明した。

 

「一度、説明したのだから、もう十分だ」というのは無慈悲です。相手の生命が変わるまで、語り続けることです。目的を達することが大切なのであり、ただの自己満足ではむなしい。釈尊も、一語一語、語りながら、舎利弗の表情の変化を見ていたにちがいない。諸仏の智慧を繰り返し讃嘆しながら、舎利弗の胸中に偉大な求道心が生じるのを待っていた。舎利弗の側から見れば、(中略)その「いまだかつてない法」を聞いてみたいと、「いまだかつてない求道」の高まりを感じていたのです。

 

相手の幸福を願い切って

「言辞柔軟(ごんじにゅうなん)」とは、言葉が、聞く人にとって柔らかでやさしいことです。柔和な中にも凛(りん)とした確信の響きを込めた言葉。これが「言辞柔軟」です。(中略)「柔軟」とは、たんにやさしいだけの言葉ではない。まして、相手に媚(こ)びた、ただ耳に心地よいだけの言葉とはまったく違う。 それは、“相手の琴線にふれる言葉” です。“人を感動させる言葉” です。すなわち “相手の気持ちを理解した言葉” なのです。そして、だれしも心の底では真実の幸福を求めているゆえに、「相手の幸福を願い切っての言葉」こそが、かりに強い言葉であっても「言辞柔軟」となるのです。大聖人は、こう仰せです。

 

「たとい強言(ごうげん)なれども、人をたすくれば実語・軟語(じつご・なんご)なるべし。たとい軟語なれども、人を損ずるは妄語・強言なり、当世・学匠等の法門は、軟語・実語と人々は思(おぼ)しめしたれども、皆、強言・妄語なり、仏の本意たる法華経に背く故なるべし」(新1194㌻)
(中略)

 

やわらかにまた強く、礼儀と誠意と確信で語れ

 本当の柔軟な言葉とは何か。それは、言葉が表面上、強いかやさしいかで決まるものではありません。そこに込められた内容に価値があるのかどうか、それを語る人の心に慈愛があるかどうかで決まるのです。今の社会は、「実語」が少ない社会です。利害と打算の言葉、人を傷つける言葉、享楽的な戯れの言葉ばかりかもしれない。心の底から発せられ、相手の心の奥底にまでしみわたる「真実の言葉」がない。

 

(中略)

日興上人は「遊戯雑談」を戒められた。戸田先生も、「信なき言論煙の如し」と言われている。結論して言えば、「言辞柔軟」とは、「誠意」の異名です。(中略)しかも、自分の主張をはっきり伝える「言葉」こそ、「言辞柔軟」です。「荒々しい言葉は、その根拠が弱いことを示している」と言った詩人もいます。(中略)言葉が乱れることは、社会が乱れる先兆です。「実語」なき時代にあって、「対話」を基調とした私どもの運動は、社会の大きな希望となっているのです。

 

信心の力はすべてを喜びに

人を喜ばせるのが指導者です。人を励まし、元気にするのが指導者の使命です。絶対に人を叱ってはいけない。リーダーは固い信念の上に、「柔軟な」真心の言葉で皆をねぎらい、皆の疲れをとり、皆をほっとさせ、皆の疑問を氷解させ、皆の希望をわき立たせていくのが戦いです。かりにも人を圧迫したり、追いつめたりすれば、指導者失格であり、この経文に背くことになる。

 

方便品のこの文は、一応は、爾前経の説法を表しています。すなわち、釈尊は種々の機根、種々の悩みをもつ人たちを眼前にして、それぞれを喜ばせ、幸福に導くために、種々の教えを説いたのです。(中略)そのうえで、今、法華経に至り、相手がただちに分かるかどうかは別にして、根本的に幸福にする法──妙法を説いたのです。仏の随自意の説法であるゆえに、法を聞いても、最初は容易に理解できない。

 

事実、経文では、舎利弗自身、あらゆる人が仏に成るという方便品の教えを最初聞いた時は、あまりにも信じがたく、後に「魔が仏となって私の心を悩乱させるのかと思った」(法華経153㌻、趣意)と述懐しているほどです。私たちも、舎利弗のことを笑えません。初めて南無妙法蓮華経を聞いて、ただちにすばらしさが分かった人や、「悦可衆心(えっかしゅしん)だ、うれしい」と感じた人は、あまりいないでしょう。しかし後には必ず、これ以上はない喜びを得られる。「歓喜の中の大歓喜」を得られる。(中略)

 

苦しみを大歓喜の人生へ

信心で進めば、“苦しみの人生” を “大歓喜の人生” に必ず変えることができる。戸田先生は、「悦可衆心」について、こう語られました。

 

──十年、信心をしっかりやれば、その人の生命は、じつに清らかな生命になり、皮膚といい、目の様子といい、一つ一つの動作といい、みな、柔和な、清浄なものを、それでいて威厳のあるものを持つようになる。それが御本尊の功徳である。そうなると、悦可衆心、われわれの心を悦ばしめてくる。そうなった人は、いつでも晴ればれしいから、悦ばざるを得ない。

 

うれしくなって、いつでも笑いがあり、いつでも朗らかだから、その人が商売すれば繁盛してくる。同じ買うならあのおカミさんのところへ行って買おう、ということになる。それが、悦可衆心です──と。

 

題目で洗われた生命から、じっくりと、にじみ出てくる清らかな喜び。いわば「悩みをも友だちにして」上手につき合いながら、どんな状況からも楽しみを見つけ、喜んでいける達人の境涯。大聖人は「苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへいさせ給へ」(新1554㌻)と仰せです。「苦楽ともに思い合せて」が極意です。(中略)

 

強い人は障害さえも生かす

日蓮大聖人は、「大難来りなば強盛の信心いよいよ悦びをなすべし」(新1720㌻) 「賢者はよろこび愚者は退く」(新1488㌻)と仰せです。悩みがあればあるほど、「境涯を開くチャンスだ」と決めて、いよいよ喜び勇んで前進する。友には安心を与えながら、自分は一切に耐えて、にっこりと微笑み、戦っていく。これが仏法者です。その人が「悦可衆心」の人生となるのです。強く生き抜きましょう。

 

「みかげ石の塊(かたまり)は、弱者にとっては歩く邪魔になるが、強者にとっては歩道の踏み石になる」(カーライル)という言葉があります。強い人は、障害さえも生かす。強ければ強いほど、人生は楽しいのです。生命力です。精神力です。その根本は信力・行力です。(中略)

 

「始めて我が心・本来の仏なりと知るを、即(すなわ)ち『大歓喜』と名づく。いわゆる、南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり」(新1097㌻)──はじめて自分自身の生命が本来、仏であると覚(さと)ることを大歓喜というのである。南無妙法蓮華経と唱えることこそ、歓喜の中の大歓喜である──。

 

本当の幸福は「内なる幸福」です。外面の状況に左右されない「内なる境涯」を確立することです。今、人々は刹那(せつな)の喜びを求め、外面を豊かさで飾ることを幸福と呼んでいるかもしれない。そんな社会であるからこそ、私たちは「内なる幸福」のすばらしさを、「歓喜の中の大歓喜」の姿で、人々に教えていこうではありませんか。

 

喜びは、伝播(でんぱ)します。「悦可衆心」の人は、周囲の人をも「悦可衆心」の人に変えることができる。また人を「悦可衆心」させようと努力する人は、自分の心も「悦可」していく。創価学会には、真の「悦可衆心」があります。生命の歓喜、躍動があり、根本的に楽しいから、人が集まる。「楽しい」ということが、仏法が生き生きと脈動していることの偉大な証明なのです。

 

 

 

 

 

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