貨幣の機能

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経済学や貨幣の専門家ではないが、お金について私なりに考えてみたい。
「貨幣の機能」というキーワードで検索すると、お金の働きについていろいろと出てくる。

貨幣の機能

貨幣-Wikipedia

貨幣の機能の1つ目の「交換手段」については、以前、教育テレビで「物々交換」と「貨幣を用いた」場合の2つを比較した番組を見た。
15人ほどの人が1人が肉、1人が野菜、1人が果物・・・・と品物を所有していて、物々交換で取引を行なうと、何時間たっても完了しなかった。
肉が私は欲しいが肉を持っている相手は、私が持っている果物は欲しくない、といったように、与えることができる物と欲しい物が2人の間で一致しないためである。
この需給の不一致のために長時間かけても、全ての取引が完了しないのである。

ところが「交換手段」として貨幣を媒介させると、ものの3分もしない内に全ての取引が終了する。
この番組を見ていた私は、キツネにつままれたような魔法でも起ったかのような不思議さであった。

他にも「価値の貯蔵手段」と「計算単位」という機能もあるが、要は人類にとって役に立ち、人々の幸福に寄与するからこそ、貨幣が歴史上発明されたのである。
その貨幣の本来の意義を見失うことから、様々な事件や不幸が起るのは、悲劇であり愚かしいことである。

お金の奴隷になってはいけない。
金は使うものであって、金に人間が使われてはいけない。

お金というものは絶対のものではない。
もし仮に何らかの理由により国家体制が不安定になるなどすれば、お金がただの紙くず同然になる場合もある。

今、私が読み進んでいるマリノフ対談『哲学ルネサンスの対話』でも言及されているが、経済や政治といった「物質的財産」だけが優先されたために、様々な弊害を生じているのが現代である。
古代から営々と築き上げられてきた哲学・思想、そして人の振る舞いにおける「心の財」という「精神的財産」をもう一度見直し、復権させることが、社会や個々人を根底から癒し活気付けていくのである。

お金は大事である。
汗水を流し心身を労して、我々はお金を得ている。
しかしお金はあくまで、人間が幸福に生きるための1つの手段に過ぎない。
本当に大事なものは、お金では買えない場合も多い。
例えば、人の心であったり信頼であったりは、お金では決して買えないのである。
「心こそ大切なれ」との仏法の金言を、改めて胸中に刻んでいきたい。

(注意: 「貨幣の機能」について、『哲学ルネサンスの対話』に特段の記述がある訳ではありません。本ブログ記事は私の創作であって、貨幣の機能と書籍は全くの無関係です)

哲学ルネサンスの対話
Lou Marinoff
潮出版社

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