ある出版社に書きかけの小説原稿を送った。
すると昨夜、担当者から電話があり、少し話しをした。
出版の人間と話しをするのは初めてだったので、自分の小説がどうのこうのより、話しだけでも面白い感じを味わった。
日が変わって今日の昼食時、そのことを父に話したら冷たくあしらわれたので、不愉快に思った。
昼からは、図書館へ行き、夢野久作の『ドグラ・マグラ』と、山本周五郎の『樅の木は残った』を借りてきた。
ちょっと先ほど、「座敷牢」という言葉が浮かんできた。
最近私は仕事が激減し、この数ヶ月、パソコンのモニターの前で過ごすか、本を読むかで過ごしているからだ。
その自分の姿を客観的に見てみると、あたかも出入り自由な「座敷牢」にでも幽閉されたかのようなこの頃なのだ。
ま、ネガティヴな言葉をもてあそんでも、現状が決して開けるわけではないのだが。
愚癡はどこまで行っても愚癡、なんら創造的ではない行為だ。
「生みの苦しみ」という言葉があるが、なにかを創造するには大なり小なり労苦が伴うものなのだろう。
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