人の用い方

この記事は約3分で読めます。

『人の用い方』という本を読了した。全593ページで定価10,100円という高額な本だ。

 

筆者は埼玉銀行に14歳で入行し、20歳で父親の莫大な借金を背負うことになる。幾多の艱難辛苦を乗り越え、刻苦勉励し画期的な業績を打ちたて、経営陣の1人となる。その後、多くの会社再建に尽力し、短期間に無借金の超優良会社に甦らせる。名経営者としての評判が高い。いくつか印象に残った部分を、最後半部分からのみであるが抜粋してみたい。

 


 

●『人の用い方』/井原隆一著/日本経営合理化協会

(中略)
「天の将【まさ】に大任を是の人に降【くだ】さんとするや、必ず先ず其の心志【しんし】を苦しめ、其の筋骨【きんこつ】を労し、其の体膚【たいふ】を餓【う】やし、その身を空乏【くうぼう】にし、行其【ぎょう・そ】の為【な】す所に払乱【ふつらん】す。心を動かし性【さが】を忍びて、その能【あた】わざる所を曽益【そえき】する所以【ゆえん】なり」とある。

 

天が人に重大任務を負わせ、これを果たさせようとするときは、まず、その人の心を苦しめ、その人の筋骨を疲れさせ、その心身を餓えさせ、身のまわりを欠乏させ、なにか実行しても計画を狂わせる。これは、その人を発憤【はっぷん】させ、性格を堅固なものとし、いままで不可能と思いこんでいたことを成しとげる力を増すためにそうさせるのである、という意味である。

 

成功などというものは、偶然にくるものでもなければ、棚ぼた式に恵まれるものでもない。天の与える試練に耐えた人のみが得られるものである。こうしたことから、志ある人間は、天の試練を待つことはなく、むしろ進んで苦難に挑み、それを克服しつづける努力を惜しまぬものである。「苦労は買ってでろ」といわれているが、大志を抱く人にとっては、これほど安い買いものはないのである。

 

(中略)
人の将たるの器【うつわ】は、秀才であることを要しない。人物であれば足りる。秀才は学問によってつくられるが、人物は苦労によらなければつくることはできない。将には部下をひきつける引力といえるものがなければならないが、秀才にはその引力がない。

 

優秀な成績で最高学府をでて、一流大企業や、権力のある役所へ勤める。周囲からは幹部候補として一目【いちもく】も二目もおかれる。羨望【せんぼう】されるだけで劣等感など全く感じなくなる。部下からちやほやされ、人がバカに見えてしかたがない。

 

鼻と腰が高くなって傲慢が目立つ。エリートを気取って言葉はていねいにするが、慇懃無礼丸だしである。これで ”智” という引力を帳消しにしている。

 

その点、厳しい体験によって失敗し、反省し、自分を鍛えて磨きをかけてきた人間は、優越感にひたって独り悦に入っているなどの余裕もない。だいいち優越感にひたるだけの種【たね】がない。

 

さらに、たびたびの艱難を乗りこえられたのは周囲の人々のおかげであるという考えが強いため、万人万物に対して感謝の念が強い。これがまた謙虚となって人をひきつける。

 

それに苦労した人の共通点の一つとして、こころが繊細で小さなことにも気づく。これは上に立つ人に欠くことのできない条件である。たとえば、下積み社員の仕事から、苦しみや悩みまでもよくわかる。つまり、人間の心がわかる。同時に世間がわかる。

 

この能力は、いかなる天才からも教えてもらうことはできないし、書物からも学ぶことはできない。
将たる者が一兵卒の心底を見抜くことができないようでは、その資格はない。いかに秀才であっても自分の学力のみを頼りにして、世間の立場や部下の心を省察できないようでは統率はできない。

 

このように考えると、人の上に立つ条件は、秀才であり人物である者がもっとも望ましく、次は人物であることといえる。秀才が上に立とうとするなら、”この人” といえる人物を協力者として求めるべきではないか。

 

 

 

0Shares

コメント