このブログ上で、近々、御書研鑽を連載で始める予定です。
計画としては、「源遠長流御書」と「開目抄」が念頭にあります。
その後は「当体義抄」や「立正安国論」も、行なって行きたいです。
半年、1年、2年と、長丁場の連載となると思います。
重書などは、講義や解釈する資格が果たしてこの自分にあるのか、との不安もありますが、なるべく先生の講義と教学部講義録に基づいて、論を進めていきます。
池田先生は戸田先生のご指導を引かれて、
「御書が解ったというのは増上慢である、
御書が解らないと言ったら謗法である」
と言われた通りに、どこまでも信心で解ろう解ろうとしていくのが大事である、と指導されています。
本当の信心から昇華された教学であれば、悩める友、悲しむ友に、折伏を行じていくのが当然であると。
その私としての実践の一環となればと思いますが、どこまでできるか期待と不安が交錯してます。
至らない部分や、拙【つたな】い所などがもしあれば、読者の皆さんにご指摘頂けましたら、心より有難く思います。
では乞うご期待ください。
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コメント
それは素晴らしい
※本当の信心から昇華された教学であれば、悩める友、悲しむ友に、折伏を行じていくのが
基本の部分は大白蓮華や学会の日蓮大聖人御書講義等の書籍を参考にされてもかまわないと思います。
ただレオさんの言葉で表現することを心掛けてください。
※講義や解釈する資格が・・
いえ学ぼうとする者にこそ資格があるのだとおもいますが。
ただこれは協力者がいないと間違った事を書いたりする可能性もあるので難しいです。
ただ単に、レオさんが発表した解説を誉めてくれる人だけでは、それはどうなんだろう?と思っても言ってはくれません。
なにせブログではブログ主の主張に異論を挟むことがタブーとされていますから。
むしろ、教学堪能な所を見せると、みかん。氏のように現場組織を飛び越して相談事を持ち込まれる可能性だってありますよ。
あべひさんへ
返信が遅れて申し訳ない。
学ぼうとする者にこそ資格がある、とのこと、貴重な励ましになります。
ブログ主に異論を挟むことでも、それが正しく価値があることなら、タブーでもないし、自他を守っていく意義あることだと思います。
ネットでの指導・アドバイスというのは慎重に行なうべきです。
生の顔が見えず、その人の生活現場も、まったく知らないのですから。
重要な指導は、現場組織で受けるというのが原則・基本ですね。
ネットにはネットの手軽さという側面もあるので、その特徴は活かすべきですが、手軽な反面、お互いの真意が伝わりにくく、無用な摩擦を生みがちかもしれません。
あくまでリアルのやりとりを補完・補助するものとして、ネットを使うべきで、主客転倒しては大きな過ちになってしまいますね。
ところで映画『ブッダ』をご覧になってきたのですね。
私はまだです。
一見の価値はありましたか。
Unknown
※ネットでの指導・アドバイスというのは慎重に行なうべきです。
生の顔が見えず、その人の生活現場も、まったく知らないのですから。
現場でもネットでも「その人」のすべてをワカッタカのように思うのは増上慢だと思います。
そして解らないから放っておこう というのは無慈悲だと思うのです。
※お互いの真意が伝わりにくく、無用な摩擦を生みがちかもしれません
おっしゃるとおりですね。
でもそれは現実でも同じだと思います。
摩擦がないほうが不気味だとおもいますよ。
色んな人がいるんですから当然のことと考えています。
※主客転倒しては大きな過ちになってしまいますね。
全く同感です。
ところが心的な病をお持ちの方をネットに誘引してしまう事も間接的に主客転倒になる可能性を持っています。
※映画『ブッダ』をご覧になってきたのですね。
原作とはまた違った作品だと思いました。
ネットでは酷評されている方が多いですが
演出的には違和感は感じませんでした。
というのも三部作だそうですので、まだなんとも・・というのが正直なところです。