既成概念 -きせいがいねん
固定観念 -こていかんねん
先入観 -せんにゅうかん
といった言葉がある。
それぞれの意味はここでは省略するが、この3つとも、往々にして我々の行動を縛ることがある。
特に環境の変化が大きい場合に、この3つにとらわれ過ぎると、適切な行動が取れず失敗を繰り返してしまいます。
既成概念とは常識です。
常識的な発想の範囲から抜け出せなければ、変化に対応もできませんし、独創的なものを生み出すこともできません。
固定観念とは、知らず知らずの内に沁みついた経験です。
物事を為すに当たって、勝手に決め付けている考え方、とらわれているクセです。
先入観とは、人や物事を見るに当たって、無意識にフィルターを通してみているのです。
フィルターによって一定のバイアスがかかり、歪んだ映像を見ていることになります。
先入観は、先に得た少ない情報にとらわれ、対象をありのままに正確に認知できていない状態とも言えます。
環境が大きく変化した場合、または自ら大きな変革を起こそうとする場合に、これら3つが障害物となって前進を妨げてしまうのです。
町おこし において大きく力を発揮する存在は、
若者
ばか者
よそ者
と言われるそうです。
なぜなら、こういう人たちは、上に挙げた3つの欠点が無いからです。
若者は、頼るべき経験がそもそもありません。
ばか者は、時として足かせとなる知識も知恵も持っていません。
よそ者は、その土地について無知で、余計なしがらみがありません。
つまりこの3者は、既成概念、固定観念、先入観に縛られることなく、自由自在に活躍しやすい素地があるのです。
これは何も町の復興だけでなく、個人の行動にも言えることだと思います。
いかに私たちが、1つの行動を起こすに当たって、胸中に作ったそれら壁の前で、逡巡【しゅんじゅん】し諦めていることか。
特に悲観的な傾向の人や、自己肯定感の低い人は、これら3つの壁も分厚く高い壁となって立ちはだかります。
諦めの習慣が身につくと、簡単にできることさえ不可能にしてしまいます。
サーカス団に買われた子どもの象を思い浮かべてください。
小象は杭【くい】につながれますが、そこから逃げようと何千回、何万回も杭を引き抜こうとします。
しかし杭を抜くには非力なため抜けません。
鎖が肉に食い込み、血が噴出すまで、杭を抜く必死の努力を繰り返します。
こうして成長した象は、小さな杭によってつなぎ止められています。
抜こうと思えば簡単に抜ける大力があるにも関わらずです。
このサーカス象の例が、既成概念・固定観念・先入観というものに、我々がいかに縛られているかということに気付かせてくれます。
では、これらの壁を打ち壊すものは何でしょうか。
それは強い意志に基づいた楽観主義です。
究極のポジティブ志向により、1つ1つの壁を崩し撤去する作業が必要です。
それは希望を創り出す一歩一歩です。
その根本の力となるのが、希望の哲学である創価の南無妙法蓮華経なのです。
それらを可能にし自由自在の境涯を築くのが、題目の力なのです。
ランキングへのご投票を宜しくお願いします↓![]()
にほんブログ村
コメント