信心をしているのになぜ難が起こるのか。
この度の大震災のような国難が起きるのか。
1人の身の上にも、病気、経済苦、家庭不和、仕事や人間関係の苦悩等があります。
四苦八苦の中でも根本的苦しみである死苦を、完璧に解決したのが、日蓮大聖人の仏法です。
そして自然災害や社会の乱れ、1人1人の生きていく上での諸課題にも、根本から解決しエネルギーの源となるのが南無妙法蓮華経です。
その大聖人の仏法を現代社会で、唯一正しく実践し広めているのが創価学会です。
一般的に言っても人生において、「苦悩と喜びは表裏一体」です。
苦悩があるから喜びがある。
苦悩が嫌だと言って避けてばかりいる人生では、深い喜びはありません。
難を乗り越えて行く中でこそ、障魔に打ち勝っていく信心にこそ、「生命の鍛え」「歓喜の中の大歓喜」があるのです。
では、この「難を乗り越える」信心をご指南された御書を、いくつか拝読します。
火にたきぎを加える時はさかんなり、大風吹けば求羅【ぐら】は倍増するなり、
松は万年のよはひを持つ故に枝をまげらる、
法華経の行者は火と求羅との如し薪【たきぎ】と風とは大難の如し(p.1136)
大難が起こってきた時こそ強盛な信心を奮い起こして戦っていきなさい、との御書です。
かまへておほきならん人申しいだしたるらんはあはれ法華経のよきかたきよ、
優曇華【うどんげ】か盲亀の浮木かとおぼしめしてしたたかに御返事あるべし(p.1540)
法華経の敵に会ったなら、千年に一度しか咲かない優曇華に会ったごとくに珍しいことであると思って、仏法の正義を言い切っていきなさいとの意です。
此の世界は第六天の魔王の所領なり(p.1081)
第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土【どうこえど】を・とられじ・うばはんと・あらそう、
日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、
日蓮一度もしりぞく心なし(p.1224)
日蓮大聖人は末法の御本仏として、第六天の魔王との熾烈な攻防戦において、一度も退く心をもったことが無い、と仰せです。
しをのひるとみつと月の出づるといると夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、
必ず三障四魔と申す障【さわり】いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(p.1091)
大難来たりなば強盛の信心弥弥【いよいよ】悦【よろこ】びをなすべし(p.1448)
魔や大難が競った時、信心においては、嘆き恐れ後退してしまう愚か者であってはならない、この時こそ、境涯を開くチャンス、宿命転換のチャンスであるととらえて喜び勇んで戦っていく賢者でありなさい、との御書です。
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コメント
こんばんわに^^
レオさんごぶさたしております”
『生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう』
(1224頁)
とのレオさん紹介御書が物凄くひっかかって、怠惰の自分自身と挑戦の自分自身との戦いを今再び取り組んでいかねばと決意を新たに持てました。
ありがとうございました”/
頑張ります。(感謝)
赤ポスさんへ
お久し振りです、そちらは地震の影響は無かったですか?
この御書を、そのように己心に置き換え、生命論でとらえられるとは、気づきませんでした。
災害などは家族や人の絆を引き裂き、営々と建設してきたものを物心ともに、一瞬にして破壊する魔の働きです。
戦争も人命・国土ともに破壊し焦土にする魔の働きの最たるものです。
いかなる魔の作用といえども、仏の力用によって、仏法や民衆を護る働きにさえ、換えていくことができます。
負けじ魂の一念、決して諦めない不屈の一念での、御本尊への信こそが、一切の魔性を打ち破る利剣です。
気づきの良い機会を与えてくださり、赤ポスさん感謝します!