前回は心の病という「難」の部分をお話ししましたが、今日はこの時、折伏をして得た「功徳」を中心にお話しします。
5年制の工業高専を卒業し神奈川に就職し約3年、大変な思いをして同級生のK君に御本尊流布を実らせることができました。
男子部や4者の多くの先輩同志に支えられて、正に「獅子奮迅之力」「不自惜身命」を、自分らしく身読する中での、初めての弘教でした。
翌日から、勤行指導に友人宅へ寄ってから職場へと、大和市→相模原市→大和市→藤沢市 と3つの市を往復する毎日を1ヶ月続けました。
男子部の先輩の方々の有り難い応援も度々いただきました。
K君はその後、信心根本に職場をリードする存在になり、ベルギーやシンガポール等に出張もしました。
学会においてもK君は平成2年には、池田先生も出席された、学会創立60周年を記念した神奈
川文化祭にも組体操の一員として参加しました。
そうした勝利の実証の中、K君の母親に御本尊流布することができたとの、報告もありました。
池田先生にお会いできたのも、海外出張できたのも、私よりK君の方が先に実現しました。
K君は学会では男子部副本部長まで全うし、牙城会、少年部責任者をやり切りました。
その中で、東京の女子部幹部の方と結婚し、お子さんも生まれ、一家和楽の家庭を築いています。
男子部を卒業後は、夫妻ででブロック長、地区副婦人部長をされていますが、連絡を取り合ってから3年ほど経過していますので、役職はさらに上がっているかもしれません。
一方、折伏をした側の私はと言うと、一時期は心の病による入院やその悪化がありましたが、多くの人の助けも借りながら何とか乗り越えて、退院し社会復帰しました。
方面のドクター部長が院長をしていて、御本尊御安置OK、勤行OKの病院でしたので、「こんな所で負けてたまるか」と必死に題目を上げていました。
結局、退院1ヶ月前から毎日3時間半の唱題を6ヶ月ほどやり切りました。
その時に、鉄格子のはまった病院で必死に祈っていたことは、
1.退院と就職。
2.人材グループの牙城会になること。
3.創価大学の通信教育を始めること。
4.池田先生にお会いすること。
5.地区幹部という一段大きな広布の責任を担いたいということ、でした。
何年か多少時間は掛かりましたが、それらの願いを完璧に叶えることができたのです。
専任講師として地元の歴史ある学習塾に就職でき、そこでノウハウを覚え、独立しもう13年になります。
パソコンの技術もサポート業として生かせています。
牙城会は12年間休むことなく、無事故で全うできました。
少年部支部責も10年間務めました。
創大通教は平成10年に卒業でき、池田先生に2回お会いすることもできました。
地区幹部にという願いも、12年ほど副地区リーダーとしてみっちり務めさせて頂きました。
こうして事実を列挙するだけでも、折伏というのは、折伏した方も、された方も、本当に莫大な功徳があるのだな、と振り返ってみてつくづく感じます。
これは何も私だけということではなく、創価学会80年の広宣流布の歩みの上で、1千万人以上に実証されてきた功徳なのです。
これからも2世帯3世帯と言わず、私の生涯で出来る限り折伏していけるよう、精進しガンバります。
人を幸福にし自分も幸福になるための唯一最高の実践が折伏ですから、喜び勇んで取り組んでいきます。
コメント
Unknown
年等の挨拶、大変遅くなって申し訳ありません。
今年も宜しくお願い致します。
素晴らしい信仰体験ですね。感動しました。
1人の人の人生を善の方向に導いた姿、偉大だと感じいりました。
記事を読ませて頂いて、いろいろな気持ちが湧いたのですが、どれも言葉には出来ません。
私も私らしく、歩んでいこうと強く思いました。良い記事、ありがとうございます!
イプシロンさんへ
こちらこそ今年も宜しくお願いします。
私の体験に対してお褒め頂き、嬉しく思います。
読んで下さった方々に役に立てば、こんな嬉しいことはありません。
私もこの長年の体験を通して、色々な気持ちが湧いたのは事実です。
未だ文章にしていないことも沢山あります。
あえて文章化し公開しない方がよい葛藤の部分も、けっこうありますので、仰る言葉、分かる気がします。
お互いに現当二世の信心で、前進していきましょう。
エールを有難うございます。