豆腐とオカラ

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今回は、とある副会長の指導の一部を紹介します。

【引用、ここから】

信仰というのは無理だから祈る。方法がないから祈る。常識で不可能だから祈る。方法があれば祈る必要はない。やればいいんです。道がないから祈る。それが南無。そう御書に書いてある。

(中略)
悩んでいる人・不幸な人がいたら救ってあげること。それは相手を救ってあげるためであり、成果のためではない。折伏は簡単。ただ一つのコツは「不幸な人を救わせて下さい」と祈ること。いなくても祈ればチャンスは来る。法華経の法師品に「素直に法を聞かせにやるよ」と2ヶ所も書いてある。これが方程式。強く祈れば必ずそういう人にぶつかる。

折伏は簡単です。誰でもできる。成果のためにやらないこと。成果はこっちの都合。相手のためにやること。「不幸な人を救って功徳を受けさせて下さい。」と祈ること。不幸な人を救うから功徳がある。宿命転換できる。福運がつく。成果を上げるからではない。苦し紛れの分世帯では功徳はない。功徳がないのではつまらない。あとには不信が残る。今から祈れば秋には間に合う。折伏には方法はない。

これは戸田先生の指導。「折伏には方法はないよ!祈ることだけだよ!」と言われている。成果ではなく「不幸な人を救おう!」と祈ること。必ずできる。不幸な人がいたら仏法の説明をしないこと。「あなたの悩みはどこから来るか。謗法から・宿業から来るんです。間違った宗教から来るんです。間違った信仰を捨てて正しい信心をすれば、あなたの悩みは解決しますよ!やってごらんなさい!」と言えばいい。 

悩みに切り込むことと、確信を持って言い切ること。それと体験発表を聞かせること。説得力がある。仏法を聞いても分からないのだから言わないこと。信仰の喜びを語ること。これが一番魅力がある。
体験がないから、相手が魅力を感じない。同じ悩みの体験が一番説得力がある。確信持って言い切ること。折伏には教学はいらない。相手の悩みがわかれば誰でも折伏できる。 

戸田先生は「広宣流布は豆腐のおからだよ。」とよく言われた。おからは豆腐の絞りかす。おからは目的ではなく結果。豆腐を作ると、結果としておからができる。折伏して自分が功徳を受け(豆腐が一個)、相手も功徳を受ける(豆腐がもう一個)。結果として成果が1(おからが一つ)。豆腐が二つにおから(成果)が一つ。

今はおから専門店が多い。寝屋川おから店になっている。みんな栄養失調。うんと豆腐を作って、その結果、うんとおからができればいい。成果は目的ではなくて結果。 幸せの拡大が目的。不幸な人を救って、功徳を受けて、広宣流布が進めば結構なこと。おから専門店ではだめ。寝屋川豆腐店にしましょう。

戸田先生が「あんたがた、おいしいところを食べて、おからをこっちへ寄越しなさい。」と言われていた。豆腐をいっぱい食べて栄養を摂りましょう。今は栄養不足でみんなヨロヨロしている。みんな疲れています。それでよく頑張りますね。 

【引用、以上】

この指導を私は読んで、自分も含めて意外と「オカラを求めても、豆腐に目もくれない」誤りや愚かさに陥っている人が多いように思ったことがあります。
あくまで目的は自他の幸福(=豆腐が二丁)であり、その成果(=オカラが一つ)は副産物であり残りカスに過ぎないのです。

以上、なにかの参考にして頂ければと思います。
私も気持ちも新たに、折伏・弘教をしていこうと決めています。

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