私の言入れぬ人にては候え ー10時間唱題(53)

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台風、または地震の被害を受けた方々へお見舞い申し上げます。北海道の地元は肌寒い日もありますが、日々少しずつ気温も上がり、もう7月です。さて、6月25日に10時間唱題を完遂しました。通算53回目となります。「今日はやるぞ!」と決意するも、不意の来客や所用に気をとられたりして、何度もできないことがありました。2カ月ぶりにやっと、やり遂げられました。

 

 

10時間唱題表。53回目

 

 

様々な広布の誓願を一念に込めて、勝利の実証を示していきます。自己の悩みに汲々とした祈りから、いちだんと日本・世界の平和と安穏を祈り行動できる自身へと人間革命していきます。もちろん、単なる時間が大事なのではありません。宿命に勝つには、結局は御本尊と自分だからです。月々日々に、御書と学会指導を命に染めながら、いよいよの信心で前進していきます! それではここで、最近拝読した御書や先生のご指導を抜粋します。

 


 

 

上野殿御返事 新版1889㌻

無量義経に云わく「四十余年にはいまだ真実を顕さず」。法華経に云わく「世尊は法久しくして後、要ず当(かならず・まさ)に真実を説きたもうべし」。多宝仏は「皆これ真実なり」とて、法華経にかぎりて即身成仏ありとさだめ給えり。爾前経にいかように成仏ありともとけ、権宗の人々無量にいいくるうとも、ただほうろく(焙烙)千につち(槌)一つなるべし。「法華の折伏は権門の理を破す」とは、これなり。もっともいみじく、秘奥なる法門なり。

 

また天台の学者、慈覚よりこのかた、玄・文・止の三大部の文をとかくりょうけんし義理をかまうとも、去年のこよみ、昨日の食のごとし。きょうの用にならず。末法の始めの五百年に法華経の題目をはなれて成仏ありという人は、仏説なりとも用ゆべからず。いかにいわんや人師の義をや。

 

 

 

大田殿女房御返事 新版1382㌻

だし、「菩提心論と大論とは同じ竜樹大聖の論にて候か。水火の異なりをばいかんがせん」と見候に、これは竜樹の異説にはあらず、訳者の所為なり。羅什は舌やけず、不空は舌やけぬ。妄語はやけ、実語はやけぬこと顕然なり。月支より漢土へ経論わたす人、一百七十六人なり。その中に、羅什一人ばかりこそ教主釈尊の経文に私の言入れぬ人にては候え。一百七十五人の中、羅什より先後の一百六十四人は羅什の智をもって知り候べし。羅什来らせ給いて、前後の一百六十四人が誤りも顕れ、新訳の十一人が誤りも顕れ、また小ざかしくなりて候も羅什の故なり。

 

 

 

新人間革命 第12巻 愛郷の章

事情を聞けば、一瞬の気の緩みから発した失敗である。しかし、それが取り返しのつかない事態を引き起こしてしまう。そこに現実というものの、生きるということの、厳しさがあるといってよい。

 

「千日の功名一時に亡ぶ」との格言がある。千日もの間、努力に努力を重ね、手柄を立て、名をあげたとしても、わずかな失敗から、あっけなく身を滅ぼしてしまうことをいう。それまで、いかに頑張り抜いてきても、ちょっとした油断から、すべてが水の泡となった例は、枚挙にいとまがない。何事においても、最後の最後まで気を緩めることなく、日々、自らを厳しく戒め、挑戦し続けていく人こそが、真の勝利者となるのだ。

 

伸一は、厳しい口調で語り始めた。
失敗の原因は、いろいろあるだろうが、その本質は、慢心なんだ。会員の皆さんは、この写真を生涯の宝にしようと思っている。それが台無しになれば、どれほど皆が悲しむか。しかし、最初はそう思っていても、慣性化していくと、そうしたことを、真剣に受け止められなくなってしまう。そして、”これまで失敗がないから、大丈夫なんだ” と高を括り、手抜きをするようになる。つまり、そこには、慢心が潜んでいるんだ。その慢心が自分を滅ぼし、学会を滅ぼしていくんだ。私は真剣勝負で戦っている。いい加減な者がいれば、足手まといになるだけで、迷惑なんだ!

 

矢車もまた、伸一にとっては、大切な、愛すべき弟子である。だから、失敗を重ね、人生の敗者になるようなことは、絶対にさせたくはなかった。それゆえに、伸一の言葉は、どこまでも厳しかった。矢車は、自分が不甲斐なく、情けなさに涙が込み上げてきた。この指導は、彼の肺腑を抉(えぐ)っただけでなく、記念撮影を担当する写真部員の心を、峻厳に目覚めさせたのである。

 

矢車武史は、数日後、山本会長が、「もう一度、時機をみて長野へ行き、記念撮影をしよう」と語っていたという話を耳にした。矢車は安堵するとともに、緊張した。伸一が、再び長野県を訪問したのは、松代訪問から四カ月後の10月のことであった。

 

 

 

新人間革命 第20巻 友誼の道56㌻

伸一たちは、ファシズムの台頭をもたらす温床として、民衆の精神的な空虚感と無気力があることを指摘した。民衆を賢明にし、民衆を強くする。それが、創価学会の運動である。また、そこに、本当の民主の実現がある。

 

 

 

新人間革命 第6巻 遠路 117㌻

プラトンの民主制批判には、古来、さまざまな評価がある。しかし、人間の魂、人間の内なる規範を確立することなくして、幸福な国家などありえないとした彼の洞察は、不滅の輝きを放っていた。山本伸一は、再び青年たちに語りかけた。

 

「師のソクラテスのような『正義の人』が、絶対に殺されることのない国家を建設しようと、プラトンは民主制の ”落とし穴” を徹底的に解明していった。現代でも、しばしば民主政治に対して ”衆愚政治” などという非難があるが、民衆の健全なる魂の開花がなければ、真実の民主はありえない。結局、民衆を賢く、聡明にし、哲人王にしていくことが、民主主義の画竜点睛であり、それを行っているのが創価学会なんだよ

 

その言葉には、民主の本当の勝利の時代を開こうとする伸一の、確信と決意が込められていた。

 

 

Wカップ杯、いよいよ明日、ブラジル戦。

 

 

 

 

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