大成功のユースフェスタ ー10時間唱題(51)

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ユースフェスタが大成功で終わりました。赤ちゃんから90歳近い方まで、老若男女が多数集い、皆で楽しみました。未来部・青年部何人もの躍動がありましたし、自分は寸劇で出番がありました。

 

新来者も何名も参加頂き、自分は近所の90歳近いご婦人が来てくれました。大変に喜んでくださり、帰りにわが家に寄り『多宝抄』などの書籍を贈呈しました。事前に、新任の支部長と地区内を何度も周ってもらいました。

 

地区部長・地区女性部長を中心に見事な団結で、未来部・青年部を先頭に無事故・大成功できました。祈りが全て叶い、深い感謝に包まれました。友人たちと共に、大福徳を受けきっていけるよう、弘経の結果を勝ちとっていきます。

 

ユースフェスタの余韻も冷めやらぬまま、先日20日に個人でまた10時間唱題を行ないました。途中、眠くて辛い時もありましたが、適宜、休憩をとりながら、深夜1時に完遂できました。

 

10時間唱題表。51回目。

 

ではここで、先生のご指導を学びましょう。36年前に、私が住んでいる市を、先生がご来訪された時のご指導です。

 

 

 

記念勤行会での池田先生のスピーチ(1990年7月9日) 

ほめたたえあう人は幸せ

一、真剣に信心している人を、ほめたたえることのできない人は不幸である。(中略)お世辞も言えない人はわびしい。心の狭い人たちである。それでは人間を包むことができない。大いにほめたたえあったほうが、美しい交流ができる。お世辞はおべっかとはちがう。へつらいともちがう。ウイット(=機知)やユーモアと同じように、そよ風みたいなものであり、生きていく上での一つの潤滑油でもある。

 

人をほめたたえたり、お世辞も言えないような心の狭さは、まるで刑務所や昔の軍隊の中にいるようなものである(大笑い)。おかしなお世辞や、いや味のあるほめ言葉はよくない。しかし、自然に心から出るお世辞は、とてもさわやかである。それは凡夫である庶民の人間性の一つの表れであると思う。

 

決して、偉い人や幹部にお世辞を使えと言っているわけではない。お互いの励ましあいのなかでのお世辞はあってもいいのではないかと思う。(中略)人を温かく包容し、守っていける人は、人間として幸福者である。すぐに人を叱ったり、命令的になったり、排他的になれば、冷たい、闇のような人間世界となってしまう。(中略)御書でも法華経でも、正しき信仰者を最大に賛嘆されている。ただお世辞を言ってはいけないとか、ほめるなという人がいれば、それは御書の心、法華経の心に反する心である。(中略)

 

 

勝ってこそ歴史は作られる

一、”仏法は勝負” であり、「勝つ」ことが正法の証明となる。また、勝ってこそ新しい「歴史」はつくられる。負け戦では道は開けない。(中略)

 

一、「勝つ」ことが、自分のみならず、一家・一族・周囲の幸福につながる。広布の前進においても、大法のため、大切な仏子のために、何としても勝ち抜いていかねばならない。火花を散らすような峻厳なる攻防戦を勝利せずして、どんなに活躍している格好を見せても、もはや遊戯にすぎない。「進んでいる」のではなく「踊っている」だけである。特に青年部に、このことを強く言っておきたい。

 

一、生まれてきた以上、何の歴史も残さないで死んでいくのでは、寂しい。どうか皆さま方は、自分として何らかの「勝利の実証」を、この人生で、晴れやかに、誇らかに示していっていただきたい(大拍手)。

 

 

大賀ハス

 

 

 

 

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