極悪を責め抜いてこそ真実の慈悲

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「殉教」の揮毫。昭和54年4月24日の日付がある。

 

 

日蓮正宗(日顕宗)は約700年の間、広宣流布できなかった。700年以上もの間、広宣流布は誰かがやってくれるのだろうと思ってきた。それに対して創価学会員は、わがこととし不自惜身命で、堕落した僧侶の想像も及ばない多忙さの中、90年余という短時日で、全世界に広宣流布を成し遂げてきた。

 

また御本尊については、日顕宗は相変わらず戒壇の御本尊や、一大秘法云々にしがみつくしか能がないようだ。彼らは信心が破綻している。謗法の山と化した本山が、信徒支配と供養収奪のために、一体の御本尊を振りかざしているに過ぎない。

 

大聖人が一閻浮提の衆生に本当に授与したかった大御本尊とは、歴史上未だかつて誰も顕せなかったところに、日蓮大聖人が初めて御図顕された御本尊であり、特定の一体に絞ることは無意味である。現代のあえて一体というなら、大誓堂に安置された学会常住の御本尊である。広宣流布を成し遂げてきた創価学会にこそ、その資格があるからである。

 

戒壇の御本尊が一時代、根本の御本尊として世界の民衆が集い来たって礼拝したのは、不自惜身命で広宣流布してきた創価学会があったからこそである。広布を成し遂げてきた全世界の学会員が、集い礼拝したからこそ、戒壇の大御本尊としての意義を持ちえたのだ。その学会を、日顕宗が嫉妬と私利私欲に狂って破門し、謗法に堕した今となっては、根本の一体として尊崇する意味を失うどころか、きっぱりと執着を断つことが正しい信仰のあり方なのである。

 

さらに、どうにも許せないのはこの退転者のペンネームだ。池田先生の名前を揶揄(やゆ)し侮辱した以外の何物でもないではないか。「名は体をあらわす」と仰せのごとく、この一点にこの人物の深い深い心の闇を見るのは私だけではないだろう。またブログ村で女性部の方が仰っているが、サイコパス(異常人格者)というのは何も山崎正友のことだけではない。サイコパスの最も顕著な特徴は「道徳破綻者」ということである。正しいものを正しいと見れない、正しいものをせせら笑い茶化すしかできない態度そのものが、サイコパスに限りなく通じているのである。

 

御本尊の力は偉大である。南無妙法蓮華経の題目は宇宙をも動かす根源の力だ。いかなる極悪の罪業も、御本尊様の力によって転重軽受し消滅できないものはない。しかし其罪畢巳(ございひっち)とあるように本来、長遠な期間にわたり極めて重い地獄の苦しみを受けるべき罪業である。その罪の報いから逃れる方法は、自己の誤りを心から悔い改め(懺悔し)、学会の庭で生まれ変わったように真剣に戦うしかないのである。

 

そこに遠く至らず極悪の言動をとり続ける輩たちである。彼らの生命を岩盤のように覆っている、学会を破壊しようとの大謗法を、責めて責め抜き、完膚(かんぷ)なきまで打ち砕くのだ。その実践が自分も世界をも護り、極悪の彼ら自身をも覚醒させゆく唯一の方途なのである。

 

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コメント

  1. ラン より:

    レオさん、おはようございます(^^)/破邪顕正の記事ありがとうございます!
    河合師範のご本、購入して読んでみようと思います。

  2. レオ より:

    ありがとうございます。ランさんのブログこそ、破邪顕正の良質の記事が目白押しで、いつも勉強になります。

    河合師範の本は実は、菊川さんの過去記事を読んでいる時に知りました。1997年刊であり、宗門の暗黒史をひと通り解説するとともに、先生のご指導が豊富に紹介されています。価値の高い本だと思います。