本当の大功徳とは -感動の体験(2)

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鯉のぼり

 

 

小説『新・人間革命』の中にある感動の体験紹介の第2弾です。

 

 

『新・人間革命 第13巻』楽土の章 356㌻10行目~372㌻3行目まで

沖縄県名護総支部婦人部長の体験(聖教ワイド文庫版でのページ数です)

 

 

お読みになった方で時間の許す方がいれば、コメント欄にでも感想をお寄せくださればと思います。次のブログカードは「感動の体験」の1回目の記事です。

 

感動の体験
小説・(新)人間革命の中には随所に、感動の体験が織り込まれています。特に次の2つを、私はお勧めします。 1)新・人間革命第6巻 加速の章p.165〜190 と、 2)人間革命第8巻 真実の章p.64〜76 (いずれも、...

 

 

 

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コメント

  1. 虎キチ より:

    レオさん お久しぶりです。

    本当の大功徳とは
    「どんな大苦悩に直面しても、決して負けない自分自身をつくり、何があっても、揺るがない大境涯を築いていけるということです。それが絶対的幸福です。」

    私は健康な体をもち、経済的にも困らず、和楽の家庭で悠々自適の生活を死ぬまで送れることが大功徳だと思っていましたが、これでも小さな功徳なんですね。

    しかし、1年の間に3人の我が子を亡くすという壮絶な大苦悩を受けてしまいながら、
    地域の人たちにも、学会にみ迷惑をかけてしまったことが、たまらなく辛かった、と岸山さんは大変強い人ですね。
    私なら、悲しみに打ちひしがれ、憔悴しきって寝込んでしまっているでしょう。

    「仏法の視座に立って考えるならば、大苦悩を受ける意味も、明らかになります。」深い!

    約10年程前ですか、レオさんが、御本尊を不敬した時の罰の例を提示されていましたが、
    二人の娘さんが焼死したのは、御本尊を焼失させてしまった罰じゃないですよね。
    今世で罪障を消滅し、永遠の幸福の軌道に入るためですよね。

  2. Leo2014 より:

    虎キチさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。

    「私は健康な体をもち、経済的にも困らず、和楽の家庭で悠々自適の生活を死ぬまで送れることが大功徳だと思っていましたが、これでも小さな功徳なんですね」と虎キチさんは書いてくれましたね。それは誰もが願うことであり、当たり前とも言える人としての理想の姿なのでしょう。仏法はそれを否定するのではないです。

    広布の使命を果たし抜き、人生最終章に近づくほど、(物心ともに)幸せで困る境涯に必ずなれると、先生は断言されています。若いうちに満ち足りた生活を実現してしまったり、使命を果たすことなく何不自由ない人生となれば、信心の眼から見れば不幸とも言えましょう。なぜなら生命境界が余りにも狭いからです。そこには広宣流布に生きようとの精神が無いからです。結局、妙法を根底としない幸福は相対的幸福に過ぎず、見せかけの幸福に過ぎません。

    私について言えば子どもはいませんし、この岸山さんと同じ体験を経てきた訳ではありませんから、3人もの我が子を亡くした悲しみや苦悩は想像すらできないかもしれません。そのうえで、池田先生が次のように仰っている部分を抜粋致します。

    「しかも、その難は、仏法の功徳の力によって、過去の重罪の報いを現世で軽く受けているのだと、断言なされている。これが、転重軽受ということです。つまり、信心をして苦しみを受けるということは、一生成仏への道を進んでいる証拠です。それは、絶対に間違いない。

    岸山さんは、地区担当員として、名護の広宣流布に決然と立ち上がったから、過去世の罪障が一気に出て来たんです。信心の旗を掲げ持ったがゆえに、魔も激しく競い起こった。彼女が倒れれば、名護の広宣流布は大きく後退するからです。仏法の視座に立って考えるならば、大苦悩を受ける意味も、明らかになります」

    さらに先生は指導されます。
    「病気が治る。事業が成功するといったことも、信心の力であり、功徳ですが、まだまだ小さな利益です。本当の大功徳は、どんな大苦悩に直面しても、決して負けない自分自身をつくり、何があっても、揺るがない大境涯を築いていけるということなんです。それが、絶対的な幸福境涯です。

    もし、岸山さんが、今回の問題を乗り越えていったら、どんなに大きな苦しみを抱えた人にも、勇気を与えることができるでしょう。万人を奮い立たせる力をもつことになるでしょう。大変な宿命を背負っているということは、同時に大使命を担っていることになる。どうか、『負けるな。断じて、負けるな。あなたが元気であり続けることが、信心の力の証明です』と伝えてください。私も、日々、真剣にお子さんの追善の唱題をしていきます」

    約10年前のことは、そんなやり取りがありましたかね。記憶を辿ると、御本尊を不敬した人間が受けた罰について、学会の先輩に教えてもらった例を挙げたのでしたね。その一つが、物心つく前の女の子が、親が不在の時に御本尊にいたずらし不敬をしたのだが、その後、殺人事件の被害者になってしまった、という話でしたね。

    この岸山さんの体験では、御本尊を焼失した火災で、同時に2人の娘も焼死したのですが、人間革命には焼失による罰との言及は一ヵ所もないですね。ここでは、そこは余り気にしなくていいのではないでしょうか。その証拠に、先生は早急に、岸山さんが新しい御本尊を受けられるよう手配しています。要は、御本尊様は自分の生命と等しい大切な存在だということを、全生命で解ることです。そして、罰があることをもって、反対に、仏法を行じれば利益が厳然と現れることを確信するのです。

    虎キチさんが引用している通り、娘さんたちは、「今世で罪障を消滅し、永遠の幸福の軌道に入るために、生まれて来たということなんです。来世は、必ず、幸せになって生まれてきます」と先生が断言されている通りですね。

    非常に深い内容ですから、題目をたくさん上げきり、折伏実践をしないと、なかなか深く感得できない部分だと思います。そこに挑戦して頂き、虎キチさんには深く感謝です。かなり長文になってしまい、申し訳ありません。

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