折伏はなぜ難事なのか(4)

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また前項の補足になりますが、学会には学会の目的というものがあります。
創価学会オフィシャル・サイト(会の)概要のページには、

創価学会は、大乗仏教の真髄である日蓮大聖人(1222~1282)の仏法を信奉する団体です。
その目的は、仏法の実践を通して、一人一人が真の幸福境涯を確立するとともに、生命の尊厳を説く仏法哲理を根本に、恒久平和、豊かな文化、人間性あふれる教育の創造を推進し、人類社会の発展に寄与することにあります。

とあり、会則の目的の項には次のように明記されています。

(目 的)
第4条 この会は、日蓮大聖人の仏法に基づき、弘教および儀式行事を行ない、会員の信心の深化、確立をはかることにより、日蓮大聖人の仏法を世界に広宣流布し、もってそれを基調とする世界平和の実現および人類文化の向上に貢献することを目的とする。

すなわち、日蓮大聖人の仏法によって、自他共の幸福を実現し、世界に広宣流布することによって、世界平和と人類社会の発展に貢献することが目的となります。
厳しい言い方をすれば、この会の目的に賛同・協力できない者は、基本的に入会不可ということです。

さらに言えば、私利私欲のために学会を利用しようとしたり、悪事を為そうとする者などが居たとしたら、入会は許可されません。
入会時、或いは入会後にそのような方向に変節した者は、組織手続き上からも仏法の罰の上からも、厳しき報いが待っているでしょう。

これから入会を考えている人は、経験・信心・知識が浅いので、強く明確な目的意識は未だ持てないかもしれません。
だが、会の目的ということは、当然理解し、これから一歩一歩実践していこうとの、意思をもって入会に臨むべきでしょう。

友人の中には、学会員が余りに熱心に入会を勧めるので、自分が「入会したい」と一言いうだけで、学会員は無条件に小躍りして受け入れてくれる、と誤解している人が時々居ます。
友人の側からも学会とはどういう所なのか、と知ろうとしているのと同様に、学会の側からもその人の人格、そして、果たして学会に入って信心を全【まっと】うしていけるだろうか、ということを見極めようとしています。

ですから、目的に賛同し、人物の評価にパスしなければ、入会に至らない場合もあり得ます。
とは言っても、人間として悩みがあるのは誰しも自然ですから、何か問題を抱えていたとしても、真剣に努力して真面目に生きようとする、人柄の良い人、早く悩みを解決したい人、求道心ある人は、やはり入会も早いようです。

逆に、学会を半分、馬鹿にして下に見ているような人は、その謗法によって、あらゆる面で行き詰まり、困り果てて、ようやく「信心しかない!」と気付くことになるので、多少時間がかかることになります。
しかし、「五濁悪世」の末法ですから、ほとんどの人は後者に当てはまると思います。

かく言う私も、学生部時代に再発心するに当たって、延べ何十回と来てくれた学会員たちに、「宗教には関心はありません」と言って全部断っていました。
しかし今にして思えば面白いもので、断れば断るほど、あらゆる面で行き詰っていきました。
高専を留年し、友人もほとんど居なくなり、孤独地獄からの解放と「人生の目的観」を求めて、数年後に「信心しかない!」と立ちあがることができたのです。

(一部加筆しました)

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