役職が上だから、信心が強盛とは限らない

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この40年ほど、自分なりに徹して唱題に取り組んできました。唱題行にこそ大聖人の仏法が凝縮し、大功徳と実証を示しゆく根本である、と信ずるからです。結局のところ、百万言の理屈・理論よりも、一遍でも多く(深く)題目をあげ、折伏を実践していく方が、どれだけ力があるか、私たち凡夫の知恵では計り知れないのです。

 

自分が余りに題目、題目と言うものだから、耳障りだったのでしょうか。時には内部から、心ない批判を受けることが時々ありました。

 

「それだけ唱題できるのは、暇だからだろう。時間を持て余しているのだろう」
と、直接的または遠回しに何度言われたか知りません。また、極端なものでは、男子部時代に次のように言われたこともありました。
「君は、麻薬代わりに題目をあげてるんだろう。ヒロポンでも打つようなつもりで、唱題しているんじゃないのか」と言われたことがありました。

 

これを聞いた時は、頭の中は「?(ハテナ)」が幾つも並びました。正直、呆れてものが言えませんでした。安易に題目に依存するなと言いたかったのでしょうか。それにしても、唱題に挑戦している信心の「志し」や、様々な課題・悩みとの真剣な戦い、を少しも見ようとしないで、暇だからとか、麻薬の代わりとか、どこからそういう発想が出てくるのか。どこをどう捉えれば、そのような無慈悲で的外れな言動となるのか。この男子部は私より何段階も上の幹部でしたが、案の定、いつしか広布の陣列から脱落していきました。

 

かくいう自分も、ここで詳しくは述べませんが、時には大失敗をしたこともあります。それでも、今まで信心を持続できているのは、題目第一、学会活動第一でやって来たからに他なりません。人間は失敗をすることもあります。そういう時は、深く反省の題目をあげ、二度と繰り返さないように、一段と勇気ある実践をしていけばよいのです。ここで、新・人間革命から先生のご指導を学びましょう。

 

会館に着き、題目を三唱すると、同行の幹部たちはさすがに疲れたらしく、足を投げ出した。理事長の原山幸一がつぶやいた。
「やはり、奄美は遠いな。それに、あの船の揺れにはまいったね」
すると、すかさず伸一が言った。
「やっと念願の奄美に来たんだ。来たからには、精魂を込めて道を開くよ。まず、5年分の広宣流布の布石をしよう!」

 

気迫にあふれた山本伸一の言葉で、同行の幹部たちの雰囲気は一変した。副理事長の石川幸男が口を開いた。
「確かに、わざわざ奄美まで来たんだから、大いに健闘しなければ意味はありませんな。私もしっかり、信心指導にあたりますよ」
伸一は、笑みを浮かべて言った。

 

「石川さん、指導をするという発想ではなく、奄美の同志から、信心を学んで帰ることだよ。ここの支部長や婦人部長は、この遠く離れた奄美から、毎月、船と列車を乗り継いで、東京の本部幹部会に来ているんだ。それだけでも一週間はかかってしまう。その間、仕事もできないし、送り出す家族の苦労も大変なものだ。そして、会員の激励に島から島を駆け巡り、命がけで広布の道を開いてきた。生活だって犠牲にしなければできなかったはずだ。一人ひとりが広宣流布の大功労者だ。

 

幹部で役職が上だから、信心が強盛とは限らないし、偉いわけでもない。話をさせれば、みんなの方がうまいだろうし、教学力もあるだろう。しかし、それと信心とは、必ずしもイコールではない。大事なことは、実際に広宣流布のために何をしてきたかだ。どれだけ折伏し、どれだけ同志を立ち上がらせ、どれだけ動き、どれだけ汗を流し、悔し涙を流してきたかだ。

 

奄美は確かに遠い。しかし、奄美の同志の心は、私に最も近い。私とともにあるといってよい。学会本部にいても、心は私と離れている幹部もいる。心の距離は、決して場所によって決まるものではない。私がみんなを連れて来たのは、奄美の友と接するなかで、本当の信心を、そして、本当の戦いと、本当の苦労を知ってほしかったからだ」

 

それから伸一は、皆を見回すと、こう語った。
「今回、奄美諸島に総支部をつくろうと思う」
(中略)伸一を中心に、打ち合わせが始まった。時刻は、既に午後11時近かった。伸一の広布のエンジンは、唸りをあげて回転し始めていた。

(『新・人間革命 第8巻』布陣から)

 

 

時には「反面教師」とすべき悪い手本に、遭遇することがあるでしょう。そうであっても、「自分はあのようにはならないぞ」と決めて、何かある度に学会指導に、先生のご指導に立ち返っていく自分でありたいと思います。

 

そして、ひと一倍、唱題に挑戦する人は、いろいろな面で風当たりが強くなると達観することです。そして、少々のことは、笑い飛ばしていくのです。なぜなら、題目をあげる人は、「宿命転換の先駆者」だからです。

 

生命の未踏の原野を切り拓く開拓者であり、仏の自在の大境涯を我が身に湧現する故に、(内外を問わず)、反発や批判はある意味避けられないのです。反発・批判は境涯革命が進んでいる証拠なのです。そうした試練も、自分を成長させてくれる追い風に、磨き石に変えていくのです。

 

 

 

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