先生との出会い -祈りが完璧に叶った時(4)

この記事は約5分で読めます。

厚田での師弟の語らい。「君は世界の広宣流布の道を開くのだ」

 

 

先生との出会い

10年以上祈り続ける中で、「北海道にいる自分が、しかもご高齢の池田先生にお会いするには、来て頂くのを待っていてはダメだ。自分から、どこまでも求めて出て行くのだ」と気づいたのです。そこで、創大通教入学からの8年間位に、北海道から東京まで12往復ほどしました。

 

毎年の創大でのスクーリング、牙城会8期生大会、法戦による東京交流、創大卒業式、海外旅行、同窓の集い等々、立て続けに往復する必要もあったからです。いかにフル回転であったか知れると思います。こうして、1998年3月18日創価大学卒業式に、2年次編入学から5年かかって辿り着いたのでした。

 

創大池田講堂には3千数百人の人々が集っていました。各学部、大学院、通教の卒業生、来賓、教職員、父兄たちです。その中の一人が私でした。実は両親の代わりに妹が参加し、後年、妹も創大通教を卒業しています。式次第が厳粛に進行していきます。そして司会の一声の後、創立者・池田先生が入場されました。

 

その時、五感で感じたのです。会場の空気が音を立てて大きく変化していくようでした。一瞬で、空気が清冽で澄み渡ったようでした。それまで型どおりの式典の進行に、少しダレ気味になっていた背中も、反射的にピンと真っ直ぐになります。席に着かれた先生は来賓の方々の挨拶に、度々、率先して拍手を送ります。やがて、創立者の祝辞となりました。

 

「キャンパスで太陽の元、歓談でもしているように、リラックスして聞いてください」と言われた後に、「〇〇島の人は来ていますか!」とまず声をかけられます。離島からはるばる来た学生たち数人が「はい! 来ています!」と、間髪を入れずに立って元気な声で答えます。先生は遠路を労う言葉をかけて、また、「〇〇島の人は!」「はい!」と全部で5つ位の島出身の学生とのやり取りが行われたのです。自分はすでにこの時点で、心の内で驚嘆しきりでした。

 

この後、全卒業生と先生のユーモアを交えたやり取りが続き、会場はすっかり一体となり和やかに、そして先生のお話が始まります。

 

「卒業、おめでとう! 皆、晴れ晴れとした、いい顔をしている。人生、何ごとも、自分の道で「卒業」しなければいけない。落後(らくご)してはならない。それは自分の損失であり、大切な両親等にも迷惑をかけてしまう」

 

先生は語られます。フィリピンの英雄、ホセ・リサール博士の戦いを通して、権力者の策謀による無実の罪で、牢獄に連れていかれた母や、虐(しいた)げられてきた民衆の仇を討とうとの決意が、彼の出発点となった、と。彼は、語学やあらゆる学問への挑戦に取り組んだ。さらに、青年と青年の連帯を拡大していった。

 

「自己中心の虚無的な青春ではいけない。彼は訴えた。『青年時代の貴重な時間を、自身の価値に値(あたい)する偉大なることに捧げよ』 今で言えば、くだらない遊びや、テレビや、ゲームなどに時間を浪費するなということである」

 

彼は、権力者から弾圧され流罪され、最後は冤罪(えんざい)によって35歳の若さで銃殺、毅然(きぜん)と死んでいく。リサール博士は、悠然と語った。

 

「『天には曇りもあれば、暴風雨もある。しかし、天は、実際には、何も変わっていない。曇るのも、嵐になるのも大気である。そこから、数キロ高いところでは、まったくの静穏(せいおん)が広がっているのである』

境涯である。天空のごとき、広々とした心で、何があっても変わらずに、この一生を戦い抜いていこう! これが仏法にも通ずる、彼の人生観であった。私もそのように生きてきた」

 

この日の創立者の祝辞全てを紹介することは出来ないが、スピーチ末尾でお聞きした次の指針が心に焼き付いています。

 

「皆さん方の船出する社会に、不況の荒波は厳しい。しかし、時代が乱世だからこそ、人間の真価が光るのである。私の好きなアルゼンチンの詩人の教育者アルマフエルテの詩に、こうある。

『苦悩は
 弱い者にとっては
 閉ざされる扉であり
 強い者にとっては
 開かれゆく扉である』

苦悩は、弱い人間にとっては、前途を阻む。しかし、強い人間にとっては、苦悩さえも、前途を洋々と開く、きっかけとなる。すべては、自分自身の『心』で決まる。決心で決まる。『心こそ大切なれ』である」

 

この日は自分にとって本当に意義深い日となりました。生涯の師と定め、(自分らしく精一杯に)求め抜いてきたその人に会うことが出来たのですから。一幅の名画のようなとは言いますが、正にその名画の中に自分が確かに存在していたのです。これまでの、大病も挫折も、あらゆる苦労が吹き飛んでしまったように、命の底から再生され蘇(よみがえ)った心持ちでした。

 

「3年後にまた集い合おう」との先生の言葉通りに、2001年11月4日に創価教育同窓の集いで2回目の出会いが実現します。1000年に一人出るかどうかの大偉人である池田先生に、2度お会い出来た身の福運に感謝の念を深くします。これほど全世界に妙法を広宣流布した人物は、仏法史上でも人類史上でも、誰もいなかったのですから、数千年、1万年に一人とさえ言えると思います。

 

先生がご逝去された今、真価が問われるのは弟子です。「君ほどの人が師匠と仰いでいるのだから、池田先生という方は本当に素晴らしい偉大な人なんだね」と認識を改めさせる自分に、人間革命していきます。そして今、永遠の広布の指揮を執られる先生に、喜んで頂ける結果をもってお応えしていきます。長文に最後までお付合いくださり、ありがとうございました。

(了)

 

 

(【参考動画】最新の2022年度の卒業式の模様です)

 

 

 


コメント