「いじめられた人」が最後は勝つ

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長い人生、誰しも順調な時ばかりではないでしょう。時には人から理不尽ないじめを受けることがあるかもしれない。私も初めての折伏を決めた頃に酷いいじめを受けました。今回は教学面からではなく、池田先生が中学生と対話された『希望対話』の「いじめ」どうする?の章を通して記します。

いじめられた方は何十年経っても、その苦しみを覚えているものです。それに反して、案外いじめた方は全く忘れてしまっていることが多いようです。意外と人間は人の苦痛に鈍感な生き物なのかもしれません。

次元は違いますが、「ナチハンター」と呼ばれる人達をご存知ですか。ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を生き残った人々が、ナチスの生き残りを見つけ法の裁きを受けさせることを目的に、地球の果てまでも行方を追っているのが、ナチハンターです。決して悪を許さぬとの、壮烈なまでのナチハンターの方達ですが、高齢化が進んでおり、残された時間との戦いでもあるようです。

次に復讐という観点で見ますと、草創の水滸会で『巌窟王【がんくつおう】』を研鑽した時に、戸田第2代会長は次のように言ったそうです。「陰険で、執念深いのは、いやだな」と言われ、青年が復讐に生きるような人生を否定的に見ています。そしてキリストの神に力が無いから、代わりに人間が裁くのだというこの物語の考えは間違っているとして、法罰【ほうばち】でいかなければならないと言われています。法に力があるときには、人間が人間を罰する必要はないからであると仰っているのです。

いじめからナチハンター、巌窟王と話が進みましたが、ここで『希望対話』から特に印象に残った部分を紹介します。

もしか、君が自分で自分を、だめだと思っても、私はそうは思わない。あなたが自分で自分を見捨ててしまっても、私は見捨てない。「いじめられているから、だめ」なんじゃない。反対です。今、いじめられている君のほうが、将来は偉くなる。幸福になる。いじめた人間は、だめになっていく。

(中略)
偉い人は、みんな、いじめられてきた。人をいじめて、偉くなった人はいません。格好だけ偉そうに見せても、それは、にせものです。心は砂漠です。全然、偉くない。幸せでもない。いじめられ、いじめられ、それでも「私は負けない!」と行きぬいた人が、最後は勝つ。

(中略)
インドの詩人タゴールは言いました。「人間の歴史は、侮辱【ぶじょく】された人間が勝利する日を、辛抱づよく待っている」と。(中略) 創価学会は「いじめられている人」の味方です。いつも「いじめられている人」のそばにいるのです。「いちばんいじめられた人」が「いちばん幸せになる」ために戦っているのです。70年間、これまでもそうだったし、これからも永遠にそうです。

いま職場や学校などでいじめを受けている人、或いは身近にいじめられている人がいて心ひそかに胸を痛めている人は、ぜひこの『希望対話』の「いじめ」どうする?の章を読んでみてください。普及版で約100ページありますが、希望と励ましのシャワーを全身に浴びることができるでしょう。そして新たな一歩を踏み出せることでしょう。

 

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