今年の現時点で315万遍

今年になって今日までで315万遍の唱題をしました。昨年が1年間でちょうど300万遍でしたので、それを大きく上回るペースとなり自己新記録です。今年は年末までに400万遍に届きそうです。ただしその場合、残り57日間を毎日3時間45分の題目を持続する必要があります。

唱題によって、苦難に直面しても、波乗りを楽しむように、悠々と乗り越えられる力が涌現する。

昭和60年7月に再発心して以来の唱題総数は4826万遍となり、こちらは5000万遍が目前に迫っています。生涯1億遍に向け丁度折り返し地点となります。ここで先生のご指導を学びましょう。

人生には、迫害の嵐、宿命の嵐が吹き荒れ、苦悩に苛(さいな)まれることもあります。『苦』に直面した時には、その現実をありのままに見つめ、逃げたり、退いたりするのではなく、”よし、信心で打開しよう” とひたすら唱題に励んでいくことです。また、楽しい時、嬉しい時にも、感謝の心をもって御本尊に向かい、題目を唱え、歓喜を、さらなる歓喜の要因としていくんです。

苦楽ともに唱題し抜く。その弛みなき精進のなかに、持続の信心のなかに、宿命の転換も、人間革命もあるんです。”題目を唱えることが、楽しくて、嬉しくてしょうがない” と実感できるようになれば本物です。

強盛な信心とは、強盛な祈りであり、持続の唱題である。”唱題第一の人” は――揺るがない。臆さない。退かない。敗れない。胸中に、不屈の闘魂と歓喜の火が、赤々と燃えているからだ。
(『新・人間革命』第28巻「大道」の章)

トータル30数年の実践を通して、「題目を唱えることが楽しくてしょうがない」という自分に次第になりつつあります。苦楽ともに唱題し抜く持続の信心で、悠々と人を救い切っていく自分を築くとともに、生活上の課題を解決してまいります。

 

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座談会勝利のために

全国どこの地区でも同じだと思いますが、毎回の座談会の準備に余念がありません。自分は今、地区の副役職を担っていますが、地区部長の仕事の休みが限られており、自然と自分の役目も多くなります。今月の座談会では、壮年部で学会歌『パパさん音頭』を歌おうということになりました。

まず初めに歌のCDを入手するために、幹部の方のお宅を訪問することからスタート。毎月開催の県の太陽会・多宝会の会合でこの歌を毎回歌っており、有志がCDを作製していたのです。お礼に野菜を持参しましたら、実は自分も畑を借りて作ったんだということで、持て行った3倍位の野菜をもらい交換に。大地震もあり生鮮食品は貴重ですから、有難い功徳でした。

次は歌の練習です。地区の主な壮年部に声を掛け、練習会を設定。参加人数は3人だけでしたが、1時間半にわたって練習しました。さらに、座談会啓蒙・訪問座のために地区の壮年・男子を家庭訪問。自ら担当幹部と地区部長と連携し、それぞれ10軒前後を2回繰り返しメンバーを回りました。

その他に、歌の自主練習、パソコンを用いて歌のCDの焼き直し、外部・友人へ座談会へのお誘い、歌詞を模造紙に書く作業、歌詞の紙へのコピー、モバイルSTBへの新番組D/L、協議会等への自宅提供などを、自己の仕事等や配達の合間に行ないました。これらの原動力として、唱題毎日3時間~2時間30分は欠かしていません。

これらの戦い・準備の結果でしょうか座談会当日は、地区のメンバー全員の一体感と活気漲る合唱となり、素晴らしい時を過ごせました。壮年・男子のメンバーは当日の担当幹部を含め6名が参加し、婦人部の方々の歌と、地区婦人部長の絶妙な合いの手も加わり、過去にない位の盛り上がりを見せました。歌の他の1人1人の発言や司会等、全てが素晴らしい座談会となりました。大結集・大成功・無事故の座談会を! との祈りを叶えることができました。

会合などの成功のためには、前面に出て何かする人も必要ですが、その陰には何かと細かい雑事をこなす人がいなければ、成り立ちません。1人1人得手・不得手があるので、各人の持ち味を生かして、異体同心で全員の力を結集した所に、勝利の扉が開かれます。大体この10年位は、毎月の座談会でもこのように、広布に戦うことができ、黄金の歴史を刻ませて頂いています。先生、同志の皆さん今回も有り難うございました。今年も残り3カ月余り、必ず折伏すると決めて前進します。

 

 

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今年だけで200万遍

 

本日、今年だけで200万遍のお題目をあげました。ほぼ毎日2時間30分を持続しています。再発心してからの32年間の通算では4709万遍となりました。自分らしく徹して御本尊様と向き合ってきました。これからも、いかなる苦難があろうとも紛動されず、とにかく1に題目、2に題目で歩んでいきます。唱題行について、7年前に書いた記事を微修正して再掲致します。

【ここから過去記事の再掲】

題目について思いつくままに、述べさせていただきます。

「題目は難しいです。なかなか上がりません」という言葉をよく聞きます。しかし考えてみれば題目は、本来、万人に開かれた修行法であり、形式だけを見れば、どんな人でも実践できる簡単な方式です。例えば、滝に打たれたりといった荒行や、何千kmを歩くという巡礼の旅も必要としません。体を痛めたり、欲望を断ち切るためと言って難行・苦行も必要ありません。

例えば、1回1回の勤行をするのに百万円札の束を供養する必要もありません。必要なお金は基本的に1円も掛かりません。戸田第2代会長は、線香代としきみ代だけで済む、とも仰っています。さらに出家した僧侶でなくとも唱えられますし、王侯貴族などの一部の特権階級である必要もありません。繰り返しになりますが、唱題行は万人に開かれているのです。

外国人であっても差別はありません。アフリカの人だろうと、アメリカ人、フランス人、中国人、インド人、ブラジル人、ドイツ人、韓国人、等々、どの国も民族も分け隔てなく、同じ題目を唱えることができます。このように修行法が極めて簡単で、万人に開かれているのは、御本仏・日蓮大聖人の万人救済の慈悲の現われなのです。

題目がなかなか上がらない、持続が難しいのは、己心や外からの障魔や惰性、人からの反対に負けてしまうからです。その意味でも、学会の組織について励ましあっていくことが、重要となります。具体的には、会合への参加や、報告・連絡・相談といった連携を取ることが、持続するための生命線ともなります。

そして何より、自分自身が日々、新しく発心していくことが大切です。凡夫の小才・浅智恵で、御本尊の力を「こんなものだろう」と推し量ってしまうのが、最も恐ろしく愚かしいことです。ある意味、唱題にしても信仰実践にしても、悩みがあるからこそ、苦悩が深いからこそ、大きく挑戦していけます。順風満帆な何の悩みもないような生活であれば、なかなか実践できないものです。その意味では、今ある悩みに、感謝してもいいくらいかもしれませんね。

「病によりて道心は起こり候なり」
と御金言にある通りなのです。この「病」という文字を人によっては、「経済苦」とか「家庭不和」「仕事の悩み」などと置き換えても良いかもしれません。病や苦悩があるからこそ、仏道を求める心は起こるのです。人生を真摯【しんし】に見つめ直すチャンスになるのです。まだまだ世界にも身近にも、奥底では題目を唱えたいと思っていても、唱えられない人がたくさんいます。創価の題目を唱えさせて、これ以上ない幸福境涯を、自他共に開いていきましょう。

(平30.7.20 父親に関する記述を稿を改めて記すことにし、本記事からは削除しました)

 

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祈った瞬間、既に勝っている -指導集(7)

先生のご指導と聖教新聞等からの抜粋です。

 

◆無冠の友へ

・眠い朝もあった。 やめたくなる日もあった。 冷たい風の日もあった。 雪の中を 歩いた日もあった。 土砂降りの雨の中を走った日もあった。 神々しいほどの 朝陽(あさひ)の光を 浴びる日もあった。 この崇高な境涯は 誰人よりも 「幸福の帝王」との思いをした日もあった。

 

・眠い 辛い 苦しい こんな配達は まったく やめたい―― 幾たびとなく思ったことか。 しかし 自分自身の尊い修行と思えば 自分自身に敗北をしたくない。 これが 勇猛精進の 日蓮仏法であるからだ。 頑張り抜いたあとの 爽快な生命は 勝利の栄冠は なんと爽やかであろうか。

 

◆希望も想像力(読書)から生まれる◆

・「本の発明」は、人類の歴史の中で最大の発明の一つです。この発明品の「使い方」「楽しみ方」を覚えたら、もう人生は、最大の武器を手に入れたようなものだ。(中略)本を読む習慣さえ身につけておけば、その人の道に「希望」が消えることはないんです。

 

・初信の頃、環境が変わること以上に「自分の生命が劇的に変わる」ことに僕は驚いた。絶望感で一杯だった心が、希望に弾むような生命に様変わりする。こんな奇跡的な体験を僕は唱題以外で知らない。しかもその奇跡は何度でも続いた。題目は本当に凄い。唱題ある限り、僕の人生に光が失われることはない。

 

・どん底の時には唱題しても苦しい。悲鳴のような題目が続く。しかしパッと光が差したように安心する瞬間がある。「もうこれで大丈夫だ」と確信できる時がくる。そこまできたら環境は必ず変わっていく。環境が変わる前に自分の命が変わる。これが僕の信心で学んだ一つの結論です。

 

・命はいつだって変えられる。どんなに苦しい現実が続こうとも。泣きたくなるような悲しみがあろうとも。必ず「絶対に大丈夫だ」という確信が生命の大地から噴火する瞬間が来る。燃え上がるような希望が。池田先生は言われている。「祈った瞬間、既に勝っている」と。まず我が生命の中で勝て!と。

 

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10時間唱題(6)

 

ゴールデンウィークに10時間唱題をとの年頭からの決意を、実行に移しました。以下の写真はタイム・スケジュールです。

 

 

計画では昨日4月30日の20時には10時間完了する予定でしたが、実際に終わったのは日が変わる直前の23時53分でした。これは来客や電話への応対、認知症の父を散歩に連れて行ったり、自身の入浴など、こまごまとした用事もあったからです。後半は疲れてしまい、休息がついつい長くなってしまったのも計画から大きくずれた理由です。

翌日の今朝が配達でしたので夜更かしはしたくなかったのですが、少し無理して何とかその日のうちに終えることができました。お陰様で、今朝の配達も無事故で終えて、先ほど帰宅しこの記事を書いています。

男子部時代に有志で10時間行なったのを除くと、単独でしかも一日で10時間やり切ったのは、初めての経験となりました。ちなみに、2日間かけて計10時間というのはすでに5回やり切っています。いつも思うのですが、10時間もあげると、身近なことからスケールの大きなことまで、本当に様々のことを祈ることができますね。折伏成就と自己の生活の充実を勝ちとり、恩ある全ての人々に恩返ししていける戦いをします!

 

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