インドの友を歓迎

研修会で来日したインド創価学会(BSG)のメンバー9名を、地元会館で歓迎メンバーとしてお迎えしました。歓喜漲る交歓会となりました。余り良い写真が撮れませんでしたが、1~2枚目は到着前の待機中の写真です。花でかたどったBSGの文字が見えます。天井からは、無事故・大成功を祈ってきた全地区の唱題表が掲げられています。

BSGメンバー歓迎会場ロビーの様子1

 

BSGメンバー歓迎会場ロビーの様子2

3枚目の写真は29日の聖教新聞の1面です。我が苫小牧の写真は掲載ならなかったです。2枚の緑と赤のカードは、来訪したインド・メンバーから私達歓迎メンバー等にプレゼントしてくれた記念の品です。

聖教新聞5月29日付1面

よく新聞に海外メンバーとの交流の模様が載っていることが、我が家の茶の間の話題になっていました。「北海道のましてこんな片田舎に、海外メンバーが来ることは永久に無いだろうね」という会話をしていたのを思い出します。戸田先生が池田先生に託した「仏法西還」「世界広宣流布」を担った海外の同志が、はるばる会いに来てくれたのです! 願いが叶い、こんなに嬉しいことはありません。

一緒に参加した壮年部の後輩も大歓喜していました。4人のBSGメンバーとハイタッチできたと喜んでいました。来苫したインドの友の顔や表情の色つやの良さ、颯爽とした動作、そして会館に集った苫小牧の全メンバーを圧倒する位の気迫漲る挨拶の声など素晴らしかったです。歓迎側も英語で挑戦した合唱や和太鼓、体験発表等々、本当に思い出に残る交歓会となりました。広布拡大の対話へと大きく挑戦し、一歩も二歩も成長の節目を刻めました。間違いなく、新たな世界広布の源流が開かれたことと確信します。(次の歌は、合唱で歌われた2曲です)

→大楠公

 

(平30.5.29 修正しました)

 

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10区へ交流(2)

前回の補足記事です。前回、増毛町への道で自然の景観を省略しましたが、一応、簡潔に説明致します。

増毛町の南一帯は厳しい断崖絶壁の中に位置しており、道路が未整備で訪問が著しく困難であったことから、雄冬岬は「北海道三大秘岬」の一つとされていたそうです。(後の二つは室蘭市の地球岬、根室市の落石岬)。岩山をくり抜いたトンネルが数多く続き、最長のものは浜益【はまます】トンネルの全長4744mです。今回、これらのトンネルを通っての増毛入りでした。

若い時にバイクで北海道一周をしたりして、ある程度は知っているつもりでしたが、未だこういう景観があったのだと驚きの交流となりました。

 

 

→雄冬岬

→浜益トンネル1

→浜益トンネル2

 

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10区へ交流

行ってきました北海道10区へ。全行程414km、約11時間を要する交流となりました。苫小牧市→増毛町→滝川市→砂川市→美唄市→苫小牧市と親を乗せて周り、10人以上に依頼をしてまいりました。こと細かい対話の内容は、現場では報告致しますが、ここでは省略させて頂きます。

写真は増毛町の道路標識です。本当は動画に写してご覧頂きたいくらいの、自然の景観などがあったのですが、ゆっくり撮影する余裕がありませんでした。ご容赦ください。

かつてない限界突破の楽しい交流を、無事故でやりきることができ、感謝の題目を御本尊様に捧げました。また1つ学会の戦いに加わることができ、達成感と歓喜を味わっています。これで勢いを増して自己目標を達成し、全国完勝の報告をしていけるよう戦います!

 

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相手の幸福を祈る一念が折伏の秘訣

友人が信心するに当たって、仏法用語を並べ立てて教学がどうだ、先生がどう言っているだの、宗教の正邪がどうだ、といったことはハッキリ言って、最初は何の関係もないことだろう。それは自分が発心した時のことを思い浮かべても、ハッキリしている。中にはそういったことを理解したうえで、或いは完全に理解できなくても、一定レベルの説明や理解を伴ったうえで、入会に踏み切る人も居ることとは思う。

大部分の人は、相手への関心や思いはそっちのけで、これが正しいとまくしたてられても、壁を作られるのが落ちであろう。その人と本当に人間関係を築きたいのなら、最初は遊びオンリーでもよいと私は思う。何気ない人間的お付き合いや趣味等から、人間関係を築き上げるのは自然なことだと思う。ついつい自分も、折伏することが最高に相手のためになるのだからと、気ばかり焦って、信心を押し付ける対話に終始しがちである。

そこで大切なことは、「話し上手より聞き上手」と言われるように、相手の話しを聞くことである。口が一つなのに対して耳が二つあるのは、人間は聞くことが大切であることを表しているからだ、と聖教で読んだこともある。それがどれだけ正義であり偉大なことであろうとも、顔を合わせれば一方的に学会のことを話すのであれば、人間関係は築かれない。時には、関係を壊してしまい、疎遠になる場合もあるかもしれない。

友人にしてみれば、学会の教義がどうのこうのや、学会からの一方的な都合は、友人自身には全く関係ないことだ。では、対話において何が大事なのだろう。それは、その友人自身の悩みを知り、願いを知り、それらを解決し叶えるためには、学会の信心がいかに力を発揮するかを、確信をもって語ることだけである。「信心即生活」との指導にあるように、生活から遊離した正邪の論議は、何も役に立たないのであり、職業宗教家の道具に過ぎないのである。

お互いの心を開いた対話と、「この人の言うことなら聞ける」という信頼関係を築くことが大切になる。その意味では、相手に媚び、いつわり親しむような関係では、信頼は築けない。時には、腹の底から思うことをぶつけ、真剣に喧嘩することも必要であろう。そのためにも、会っていきなり本音をぶつけあうのは無理であるから、当り障りのない遊びや趣味などの、何気ない付き合いを重ねることが大切と思う。それが土台となって、深いぶつかり合いも可能になると思う。

広宣流布への深い使命感や、三代会長への報恩などは、早くから語ってもよいとは思うが、本当に実感として分かるのは、もっと後のことになるだろう。ここまで種々述べたが、最も大事なのは、「相手の幸福を祈る一念」だと思う。自分が折伏をやったと称賛されたいがために、友人を利用する一念であれば、どこかで相手にも通じることだし、本当の仏界の力用は出てこないと思う。

相手の幸福を祈る一念は、やみくもに御本尊に向かうだけでは持てないだろう。友人を思う行動の積み重ねあってこそ、その一念を持てるものであろう。しばらくその友人に会えてもいないで、相手の幸福を祈るといっても無理な話であろう。このことからも、まず会うこと、そして対話すること、時間を共に過ごすこと、がいかに大事なことかが分かる。改めて自分も、そこから始めていきたい。

 

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誓願勤行会

昨日、広宣流布誓願勤行会に参加のため、ここ北海道から東京へ行ってきました。誓願勤行会は素晴らしかったの一言です。あれほど広布に一念を定めた深き祈りを捧げたのは初めてだと思います。世界中から集ったメンバーの紹介もあり、手を振って笑顔でエールを交換しました。(写真はイメージ画像です)

 
 


 
 
終了後、信濃町から隣駅の千駄ヶ谷駅に向かい、日本将棋連盟の東京将棋会館に見学にも行きました。ずっと以前から行きたいと思っていましたが、やっと念願が叶いました。次の写真は、将棋会館の正面から撮影したものです。
 
 

 
 
限られた時間内で(都)の依頼もしっかり勝ちとって、無事故で帰宅しました。本当に有意義な誓願勤行会でした。このような機会を与えてくださり、池田先生と同志の皆様に深く感謝申し上げます。
 
 
[以下、追記です]
誓願勤行会当日は聖教の配達と重なったため、午前2時に起きて唱題の後、4時からの配達を終えて、朝一番の飛行機で東京へ出発。帰りも最終便を利用のため、帰宅は22時30分頃でした。なかなかの強行軍でした。

(H29.6.1加筆・修正しました)

 
 
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