2000万遍達成

今年だけで唱題が250万7千遍になりました。9年連続で200万遍達成することができ、今のペースでの挑戦を始めたこの8年10カ月で、合計2000万遍あげることができました。ちなみに1000万遍を達成した時の記事を以下にリンクします。

→1000万遍達成の記事

学生部時代に再発心してからの32年間をすべて合計すると、4461万遍となりました。では、また先生の唱題に関するご指導を見てみましょう。

今法華経は四十余年の諸経を一経に収めて十方世界の三身円満の諸仏をあつめて釈迦一仏の分身の諸仏と談ずる故に一仏・一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収まれり、故に妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり
(唱法華題目抄、13㌻)

妙法は一切を動かす大宇宙の根源の力である。ゆえに、我らの唱題の音声は、十方世界に轟【とどろ】きわたる。届かないところなどない。自行化他の題目に、諸天は舞い、十方の諸仏は歓喜する。万人の仏性を呼び覚ます、無量無辺の功徳力がある。

宿命転換も唱題だ。人間革命も唱題だ。広宣流布も唱題だ。地涌の題目の底力を、今こそ発揮しようではないか!
(御書と歩む 17-10-12付聖教)

2000万遍と時を同じくして、大きな障魔が身近に起きました。動揺がまったく無いかと言えばウソになります。しかし、これも戦っているからこそ、それを妨げようとして起きたものです。また一段と成長し境涯を開くチャンスです。今こそ、地涌の題目の底力を発揮して乗り越えていきます。

何より健康で、仕事に学会活動にと戦えること自体が、最高の功徳です。その上で、年齢からいっても先送りできない課題を、確実に解決・前進させていけるよう、広布拡大の使命を果たす題目を実践し抜いていきます。

 

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武田信玄「五分の勝利を上とす」(2)

また上に立つ者は結果だけに捉われるのでなく、メンバーの戦いの「プロセス」への評価をより重要視すべきである。数字は血の通わない冷酷な側面を持つ。その陰に、メンバーの血の滲むような奮闘が隠れている場合があるからだ。

特に今回の戦いでは短期決戦であった。普段なら何カ月も前から少しずつ労力・手間をかけて進めていくべきところを、約20日余りの短時日に一気にやり切る必要があった。それだけ戦った人の心身に多大な負荷がかかる法戦であった。

1人1人がどれだけ戦ったかは御本尊がすべてお見通しである。幹部にできることは自分が御本尊にでもなったかのように、人を評価することではない。それは幹部の傲慢であろう。もちろん幹部といえども人間革命の途上であり、当然間違いもあるだろう。組織としても、一定の論功行賞があるのは当然であるが、「冥の照覧」が生活等に厳然と顕れることを確信するのが真の信心だからだ。

「限界突破」といえば聞こえはいいが、それにこだわる余り、無理をし過ぎて大きな失敗を招く場合がある。自らが大変な時こそ、一言の労い【ねぎらい】の言葉をかけていけるような、「心の余裕」を見失ってはならないと反省させられた法戦であった。

 

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武田信玄「五分の勝利を上とす」(1)

賢将は「五分」の勝利を上とす
―『私の人間学(下巻)』池田大作著p.116~から抜粋―

「勝負」に関しての武田信玄の考え方は、まことに意味深いものがある。信玄は何点か述べているが、一つは、個々の勝負に対する余裕ある心構えである。信玄は、合戦における勝敗について「十分(を)、六分七分の勝は十分の勝なり」(磯貝正義・服部治則校注『甲陽軍鑑』人物往来社)とした。

つまり、十のものならば六分か七分勝てば十分であるとし、とりわけ大合戦においてはこの点が重要であるとした。そして「子細は八分の勝は、あやうし、九分十分の勝(は)、味方大負【みかた・おおまけ】の下作也【したつくり・なり】」(同前)という。

また信玄は、戦いでの勝利は、五分をもって「上」とし、七分をもって「中」とし、十分をもって「下」とする、と常々、語っていた。それはなぜか。五分の勝利は励みを生じ、七分は怠りをもたらす。十分の勝利は傲りを生むからである。五分ならば “半ば敗れたが、半ば勝った。次こそ頑張ろう” と励みの心を起こす。まして十分も勝ってしまったら、必ず傲りの心を生じる、と。こうした理由から、信玄は、あえて六、七分の勝ちを越そうとはしなかったという(岡谷繁実『定本名将言行録〈上〉』新人物往来社)。

(中略)
徳川家康にとって、生涯ただ一度の負け戦――それは、信玄と覇を争った元亀3年(1572)12月の三方ヶ原【みかたがはら】の戦いであった。兵力のうえでも劣っていた家康の軍は、周到な計画と万全の態勢で臨んだ武田軍に完敗した。それも敗走中に家康が失禁したとのエピソードも伝わるなど、完膚なきまでの敗北であった。
(中略)
以来、家康は、信玄の軍学を自らのものとし、戦国の世を勝ち抜き天下を取った。そして265年にも及ぶ徳川幕府の基【もとい】を築いたのである。

敗北が、次の勝利への因となる場合がある。反対に、勝利の時に敗北の原因をつくることも多い。家康は、三方ヶ原の戦で信玄に敗れた。しかし、そこから信玄の兵法を学び、最後は天下人としての大勝利を得た。つまり、自らの大敗を、より大きな勝利への源泉とすることができた。ここにも、家康の、指導者としての度量の大きさがうかがえる。

 

執念をもって勝ちきっていくことは大事なことである。だが100点満点を取れなかったとしても、それを次の勝利への因とすることはできる。決して負けることの弁解に利用してはならないが、時には目先の勝ちより大事なものがある。

 

 

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大変にありがとうございました。

全国からの貴重な応援も頂き、約500票差の僅差でしたが「いなつ久」勝利できました。短期決戦にも関わらず、誠に誠にありがとうございました。

自分も最後の1分1秒まで戦いきりましたが、目標180人まで僅かに12人及びませんでした(大部分が比例区です)。今回は現場で大きな失敗をしてしまい、反省しています。また次に活かしたいと決意しています。増毛への交流等、自己の限界突破は間違いなく出来たと確信しています。

お陰様で北海道2議席死守できました。一方、神奈川は若い時にお世話になった天地ですので、いかばかりか悔しい思いをされているかと思うと、他人事ではありません。選挙は水物ですから一喜一憂はせずに、この結果を次への勝利の因とするべく、新たな戦いを開始します。重ねて、北海道10区への、ご支援・ご協力誠にありがとうございました。上手に英気を養って、次の広布の戦いに備えたいと思います。

→公明党 開票速報

 

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