民衆仏法の確立こそ出世の本懐の本義

日蓮大聖人の「出世の本懐」の本義は、次の2義です。

1.末法万年の一切衆生を救いゆく「三大秘法が確立」されたこと。
2.「日蓮と同意」との精神でそれを担いゆく、不自惜身命の門下(熱原の農民信徒)によって、「民衆仏法が確立」したこと。

この「広宣流布の誓願」を完全に失い、腐敗・堕落し切った輩が、極悪法主・日顕、日如の流れをくむ日蓮正宗です。反対に、 ”魂の独立” によって大謗法の宗門と離れ、大聖人の御精神を受け継いで、旭日の勢いで世界192カ国・地域へと、広布の道なき道を開いてきたのが創価学会なのです。

今回、このことに迷い真偽が分からなくなっている、宗門信徒の田中島葵夫なる人物から、教義に関するコメントがあったので、この記事のコメント欄にて対話を試みたいと思います。第三者の書き込みも原則として許可しますが、本ブログの「コメント承認ルール」に反するものや、「著しく誠実を欠く」と管理人が判断した場合は、コメント許可しません。なお、最初に書き込まれたコメントは他記事のものでしたが、混乱を避けるため、本記事コメント欄に移動したことを了承ください。

 

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“民衆仏法の確立こそ出世の本懐の本義” への2件の返信

  1. 初めましてかなりよく勉強されていらっしゃいますね僕なんてまだまだ恥ずかしながら愚人の身です。
    ひとつここで質問なのですが創価学会は唯授一人血脈相承を受けられた日興上人様や日寛上人様の御指南に随順してますか?してませんね 日興上人様と日寛上人様の御指南に背き、大御本尊様への信仰を放棄した創価学会は間違っています これでは血脈相承を無視する身延日蓮宗と同じです 学会は釈迦を本仏とし釈尊像を拝むのと同じですよ。

    日寛上人様は三大秘法に六義ある事を示されてます。今、学会は事の戒壇は弘安二年の大御本尊様が御安置されてる場所です。それを否定する創価学会は間違っていますし 日寛上人様の御指南に随順していません。どうぞ早目にこの矛盾した邪教 創価学会を脱会されます事を心よりお祈り申し上げます。

    日寛上人様は日蓮大聖人様の出世の本懐について「弘安二年の本門戒壇の御本尊は究竟の中の究竟、本懐の中の本懐なり」(観心本尊抄文段・文段一九七㌻・傍線筆者)と仰せられ本門戒壇の大御本尊様が日蓮大聖人様の本懐である事を御指南され、「弘安二年、御年五十八歳の十月十二日に戒壇の本尊を顕わして」(同、一九六㌻・傍線筆者)と日蓮大聖人様が御年五十八歳の弘安二年十月十二日に出世の本懐である大御本尊様を御図顕された事を明かされ、また、弘安二年十月十二日から立ち返って見れば同年十月一日に著された『聖人御難事』に「余は二十七年なり」と仰せられた御文は本門戒壇の大御本尊様を御図顕する予証であったことがわかるのです。このように血脈相伝にもとづいて拝すれば御書に明白である御教示も相伝のない創価学会から見れば「御書のどこにもない」という言い方しか出来ないのでしょうね。
    早く脱会され日蓮正宗への信心をされます事を心よりお祈り申し上げます。

    田中葵より

  2. まず指摘したいのは、日興上人と日寛上人に真の意味で背いたのは、法主・日顕、日如の流れをくむ日蓮正宗であるということです。なぜなら、宗門が弘安二年十月十二日御図顕の大御本尊を殊更【ことさら】に振りかざすのは、信徒支配のためであり、供養収奪のための道具としてだからです。「一大秘法と六大秘法」「事の戒壇」「法主による血脈」などを強要してくるのも、同様に信徒を隷属【れいぞく】させ、学会切り崩しを図るために利用だけしているのです。

    宗門には広宣流布の誓願はカケラも無いからです。供養を得たいがための布教はあったとしても、一人ひとりの民衆を幸福にしようとの、本当の意味での大聖人の御精神を、堕落し切った宗門は完全に失ってしまったからです。学会を破門したかに見えて、唯一の仏意仏勅の学会を破門したことによって、宗門自身が大聖人から永久に破門されてしまったのです。

    日顕前法主が犯した最大の罪は「破和合僧」の罪です。仏の教団を分裂混乱させる行為である破和合僧は、仏の教えを破壊し、人々を迷わせ不幸へと堕【お】とす重罪です。日興遺誡置文には次のようにあります。

    「時の貫首【かんず】たりといえども、仏法に相違して己義【こぎ】を構えば、これを用うべからざること」(御書1618ページ)

    たとえ法主であろうとも、仏法から逸脱【いつだつ】して、自分勝手な主張をする場合は、それを用いてはならないと断言されています。日興上人は、貫首すなわち後代の法主が誤りを犯すこともありうると想定されていたのです。

    文証に関することを言えば、日寛上人の2箇所の引用はあくまでも「文段」からであって、御書ではありません。要法寺系の法主が続いた時代にあって、疲弊【ひへい】した宗派を護る要請に応え、唯一正統性を強調する必要性から、弘安二年の大御本尊を出世の本懐として強く主張した背景があるのです。つまり、弘安二年の一体の御本尊に繋がらなければ、他の本尊は一切力用を発揮しないなどとする宗門の独善的な本尊観は、万人に開かれた大聖人の仏法に違背するものであることは明白なのです。

    さらに弘安二年十月一日に著された『聖人御難事』の「余は二十七年なり」との御書についても、弘安二年の御本尊が出世の本懐であるとの大聖人御自身の言及は一言も無いのです。あくまで後世に添加【てんか】されたものであり、前述したように日寛上人当時のの時代背景から要請されたものに応えたのが、その主旨なのです。『聖人御難事』等の諸御抄をつぶさに拝すれば、「余は二十七年なり」の御文は、農民信徒が不惜身命・死身弘法の姿を示したことを称賛されることにあるのが明白です。

    つまり大聖人の御生涯における「出世の本懐」とは、三大秘法をもって、末法民衆救済の道を完成したことであります。そして、何の後ろ盾も地位も財力も無い、一介の庶民が命懸けで信仰を貫いたことによって証明された「民衆仏法の確立」こそが、大聖人の出世の本懐の本義なのです。以上のことから、創価学会こそが大聖人の御精神を受け継いだ、唯一の和合僧団であり「創価学会仏」と後世の人から仰がれゆく団体なのです。

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