貧乏の鉄鎖を切る(7)

戸田城聖先生 質問会集から抜粋
~経済的問題とその答えだけを抜粋しました

楽なところへ就職できるか

[質問] 現在失業中ですが、私の技術は、木工で二十四年の経験をもっていますが、最近やめさせられてしまった。楽にたくさんの給料の取れるところに、就職できるでしょうか。

[答] やめさせられた原因を、よく考え、自分のいやな、また人のいやがるところで、うんと働いてこそ、自分の願いがかなえられるのです。初代の会長は、たえず「東京で満足に生きていくには、一人前だけ働いたのでは、食うや食わずの貧乏暮らししかできない。二人前働いてやっと東京人になれ、三人前以上働いて、妻子を養うことができる」といっておられました。

職業をおろそかにする人は、信心もだめであります。金をうんともうけるには、かせがなくてはだめです。金を取る根本には信心があるのです。ろくに働きもしないなまけ者は、創価学会に必要はありません。

ふとんの行商が思わしくない

[質問] 入信して一年十か月、自分ではしっかりした信心をしているつもりですが、生活がますます、まずくなってきています。商売はふとんの行商をしていますが、どのようにしたらよいでしょうか。

[答] 商売はしっかりやっているのですか。それでは、その貧乏な人の話をすると、こうなのです。その人は、いまのようなことをしょっちゅういってきたのです。そして、しまいには夜逃げをしてしまったのです。その人をそれで私がよく記憶しているのです。一年前に思い出して、その人いったいどうなった、と聞いたのです。ところが、家を建てて電話ひいているのです。おどろきました。絶対に、そんなふうになりそうもない人だったのです。ところが、しょっちゅうきて、いまのようなことをいっていたのです。「信心はきちんとやっています。折伏もしています。商売がうまくありません。御本尊が悪いのでしょうか」といっていた。それが、六年か七年目に、私が聞いたときには、きちんと成功しているのです。これは、いつも申しますように、なかなか時間がかかるのです。

なぜかと申しますと、南無妙法蓮華経という、ほんとうの御本尊様を、われわれが受けたということは、われわれの心田に仏種を植えたことなのです。いわゆる下種、種を植えたのだから下種というのです。これだけの畠【はたけ】に、一つの種を植えたのです。その種が、育って大きい木になれば、今度は、実が年に百なら百なるとします。果物が一つ十万円で売れるとします。百売れて、十万円なら一千万円です。そういう大木を植えたのです。心田にまだ実はならない、その時にどうします。大きくなるまで、草をとったり、あるいは水をやったり、肥料をやったりするのがあたりまえでしょう。

そこでわれわれの田や畠を梵天帝釈(ぼんてんたいしゃく)をはじめぜんぶが守るのです。経済難などに絶対させるはずがないのです。そうして、今度はだんだんと守っていくのですから、だんだんとこの芽が育っていって、木の実がなるというふうになりますれば、願わずとも、金はでてくるのです。そうなるまで待つ以外にないのです。その間は、梵天帝釈は守りますから、暮らすだけのことができないわけはありません。身延ではあるまいし、そんな御本尊を私はすすめません。

それはなにかおかしなことがあるのです。私はあなたの信心を信じてはいません。そんなばかなことがあるものですか。一年十か月も信心して、どうにもならなくて、どうしましょうかなどと泣きごとをいうような御本尊様を渡してはありません。信心の仕方が違っているのです。

早くいえば、班長だとか、地区部長だとか、組長だとかいう者の批判をしたり、あるいはいろいろなことをいったりしているか、さもなければ、しっかり御本尊様を拝んでないか、商売をしっかりしていないかなのです。そんな御本尊様をあなた方に渡してはおりません。自分でよく反省してごらんなさい。一年十か月も信心して、梵天帝釈が来てたすけないような御本尊様は、絶対渡してはありません。

 

 


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