37回目の百万遍を達成

昨年11月21日に約6年間かかって1200万遍との記事を書いてから、さらに104万9千遍上がりました。

昭和60年の学生部時代に再発心してからの通算では、37回目の百万遍達成となりました。
正確な集計では3785万4千遍となりました。

37

婦人部・女子部ならいざ知らず、一壮年部が4000万遍になんなんとする唱題を上げているというのは、聞くことは極めて少ないと思います。
それだけ壮年・男子が長時間上げるというのは、珍しいことであり、難しい挑戦なのでしょう。

男女間の平等という意味で、仕事の捉え方は昔と大きく様変わりしていますが、やはり男は仕事が主であり、職場で実証を示すことが優先されます。
仕事で勝つためにも、1日1~2時間位の唱題は挑戦し持続したいとの思いが、いつしか叶っていました。

やはり大事なのは「自行化他」の題目であり、「広布の誓願」の題目です。
その意味では、仕事と生活の充実など一切が、その自己の使命を果たすためにこそ存在意義があると言えます。
「仏の使い」として人を救っていってこそ、汲めども尽きぬ仏力・法力が現れ、厳然と自分の願いが叶います。

4000万遍に向けて、まず私自身が広宣流布していくために、仕事で実証を示し一家和楽の家庭を築くべく、心も新たに前進を開始していきます。

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“37回目の百万遍を達成” への8件の返信

  1. 凄い。私は今日まで320万ぐらいで4年で1千万が目標です。
    苦しいと題目上がりますが落ち着くと気がゆるみがちです。
    誓願の題目への祈りが定まっていないと反省しています。
    コツコツ楽しくいきます。

  2. すごいですね
    私は、5年前より発心して、700万を超えました
    今年中に1000万目指して変わっていきます。
    ここ5年、苦しみばかりで、題目があがります。
    しかし、何か変わりつつある変化を自分の中に
    強く強く感じます。
    必ず境涯革命・人間革命をやり抜き
    師恩にこたえるまで。
    あげぬきます。

  3. レオさん

    こんにちは。
    いつも真面目なすごい信心で、爪の垢を煎じていただかないといけません。(笑)

    願いがなかなか叶わないことのもう一つの意味は、そのおかげで信心をがんばれるという励ましだということではないでしょうか?
    この人ならもっとすごい信力が出せるはずだ・・・そこへ行かせてあげたい・・という仏様からのメッセージだと思います。

    たやすく願いが叶ったら、この人の信心が駄目になる…そんな時には強い本気の信心が出るまで、苦しませてひっぱてくださる、これは私も体験があります。仏様の慈悲ですね。

    叶ったら功徳です。叶わなかったらもっと大きな功徳になっていくのですからすごい信心です。

    東大阪のヒデさんも同じ原理ではないかと感じました。
    みんなで頑張りましょう。
    私も題目をがんばります。

  4. うるとらまんさん、凄いペースで上げられていますね。

    苦しいと題目上がっても落ち着くと気が緩むとのこと。
    それも一理ありますが、苦しいから上がるのでなく、信心があるから上がるのですね。

    同じやるなら題目も、楽しんでやっていければ最高ですね。
    上げている時とサボっている時を比較すれば明確ですが、題目で滾々と歓喜と生命力が出てくるのは、やはり命でビンビン感じますね。

  5. 東大阪のヒデさん、はじめましてでしたかねw
    素晴らしい一念で唱題に挑戦されていますね。

    うるとらまんさんもそうですが、私も含め、一千万遍挑戦者がこれで3人も揃いましたね。
    自ら言うのも恥ずかしいですが、「題目三銃士」とでも命名しましょうかね(笑)

    ある意味、自分の小さな功徳を願うのでなく、私もヒデさんを見習って、師恩に万分の1でも恩返ししていける自分を築いていきます。

  6. 王者の剣さん、信心の年輪と強盛さから滲み出た、余りにも深いお言葉を感謝します。
    爪の垢だなんて、恐縮至極で穴があったら入りたいですw

    >たやすく願いが叶ったら、この人の信心が駄目になる…そんな時には強い本気の信心が出るまで、苦しませてひっぱてくださる、(中略)
    叶ったら功徳です。叶わなかったらもっと大きな功徳になっていくのですからすごい信心です。

    祈りが叶わないとしたら、叶わない深い意味がある。
    叶わない方が良いから叶わない場合がある。
    本当にその人を成長させるためのご仏智である場合です。

    或いはどこかその人の信心にインチキな所がある場合です。
    何か大きな間違いがあるか、欠けている部分がある場合です。
    その場合は深く反省して勇気ある(いさぎよい)実践をするべきです。

    それはともかく、目先の祈りが叶う叶わないを超越して、色も香りも最高に美味しいごちそうのように、題目による法楽を味わえる福運に感謝です。

    この信心は自分1人が幸せになる位は簡単なことだ。
    周りの友人をも救い切って共に幸せになる力があるのです。(趣意)

    とのご指導を実証していくべく前進していきます。
    いつも有難うございます。

  7. koushirouさん初めまして。各人に与えられた時間は平等ですから、どう使うかは自分で決めるしかないです。生活のあらゆる局面で、題目の優先順位を上げるよう意識していけば、1000万遍は可能です。

    一番悪いのは「〇〇だから後にしよう」という言い訳、「〇〇〇をした後にしよう」という後回し、が癖になると題目は上がりません。反対に、「いまあげ切ってこそ最高の行動ができる!」「何をさて置いても、まず題目をあげよう! 題目から出発だ!」との一念が大事です。

    唱題も自分との戦いですから、必死に戦い抜いたぶん、必ず生活にも心にも充実がありますよ。

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