貧乏の鉄鎖を切る(5)

今回は別の角度から貧乏転換を考察する意味で、約5年前に書いた記事を再掲します。
(一部修正しています)

題して「銀行口座」です。

銀行口座


一つ解かりやすい譬え話をいたします。

私たち学会員はみんな、銀行口座を持っています。
その口座の残高は10億円です。
100万や1000万というケチな話ではない、1人で10億円の銀行口座です。

しかもその口座は使っても使っても、宇宙にある福運銀行という所から、使った分が即座に入金されます。
どれだけ使っても常に10億円あるのです。

ここまで読んだ方は皆さん不思議がることと思われます。
ウチにはそんな莫大な現金もましてや銀行口座も、ある訳がない。

子供の教育費で頭を悩まし、近頃は食卓のおかずも一品減らしたばかり、液晶テレビやハイブリッド・カー、ましてや一軒屋を建てるなんて夢の夢みたいな毎日毎日だ、と。

私たち各人が転重軽受すべき過去世の謗法や、持って生まれた各人の使命というものも1人1人違いますから、スタートラインや願っている目標というのは人によってまちまちです。

しかし釣鐘【つりがね】と撞木【しゅもく=鐘を叩く棒】の有名な譬えがあるように、釣鐘をもし爪楊枝【つまようじ】で叩けば、か細い音しか出ません。
ところが撞木で叩けば、当たり一帯に鳴り響く大きな音が出ます。

一の信力・行力は一の仏力・法力として現れます。
百の信力・行力は百の仏力・法力に、万の信力・行力は万の仏力・法力として現れると、池田先生はご指導されています。
上の例で言えば、爪楊枝で叩くのが一の信力・行力で、撞木で叩くのが万の信力・行力と言えましょう。

私たち1人1人の確信の深さ、広布への死にものぐるいの実践行動という、強盛な信心によって、いくらでも御本尊の無限のパワーを引き出していけるのです。

その意味では、冒頭にあげた10億円の銀行口座の譬えは決して大げさなものではないと私は思います。
もしかすると10億円と限ったこと自体が、まだまだ御本尊を下に見ていると御本仏のお叱りを受けるやもしれません。

学会授与の御本尊はそれほど凄い御本尊なのです。

解かりやすいように具体的金額を設定しお金の譬えを持ち出しましたが、これは経済に限らず病気や仕事、家庭問題などあらゆる人生問題にも当てはまることです。
どんな夢や目標も叶えることができるし、乗り越えられない悩みも問題も、御本尊に祈り切って学会活動や折伏をやり抜いていけば、叶わないことは何一つとして無いのです。
それを証明していくのが我々1人1人に与えられた使命です。

凡夫ですからにわかに信じられない、信が弱くなったり波があるのも当然です。
しかし本来の我々の持つ福運と境涯が、どれほど凄いかは決して忘れてはいけないと思います。

―――引用ここまで―――

観念に過ぎないなどと批判されればそれまでの文章かもしれません。
ただし言いたかったことは、貧乏は確かに苦しいことですが、目先の貧乏にただ翻弄【ほんろう】され弄【もてあそ】ばれているのであれば、最高の御本尊を持つ者として余りに情けないと思うのです。

「絶対に今の苦境を脱してみせる」
との確信と勇気ある実践こそが大事だと思います。
貧乏を転換した体験発表をしている自分の姿を思い描いて、信心の努力と現実生活の努力を貫いていきましょう。

貧乏の鉄鎖を切る(1)

貧乏の鉄鎖を切る(2)

貧乏の鉄鎖を切る(3)

魔との戦い ~御書三編

貧乏の鉄鎖を切る(4)

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“貧乏の鉄鎖を切る(5)” への6件の返信

  1. まさに、今、最高のどん底です。お題目をあげていてもただただ苦しく、どうしようもなく、このサイトを見つけました。自分でも何が言いたいのか、ただただ涙が出ます。どうしたらいいのかわかりません。まずは、ひたすらにお題目あげます。ありがとうございます。

  2. ゆうさんはじめまして管理人のレオです。辛い状況にあるようですね。
    差し支えなければもっと詳しい話をしませんか。
    ただ、この時点でアドバイスさせて頂くと、
    「この私に御本尊のお使いをさせてください。一文一句でも友人に妙法を語らせてください」
    とひたぶるに祈ってください。そうしていけば必ず仏の命が我が胸中に湧き起ってきます。
    「喜とは自他ともに喜ぶを喜とはいうなり」です。必ず功徳と歓喜を実感できますよ。

    1. レオさん。はじめまして。
      お返事ありがとうございます。
      まさか、お返事をいただけるとは思ってもみなかったので、嬉しく思いました。

      そうですね。詳しくお伝えしたいです。

      とにかく、おっしゃったように、祈ります。
      アドバイスありがとうございます!

  3. ゆうさん、どん底にあるとのこと。
    それをお聞きして、ひと度は嘆きですが、ふた度目はある意味喜びですね。
    どん底ということは、もう良くなるしかないですから。信心根本にやるしかないです。背水の陣ですね。
    歴史をつくるチャンスなのですから。
    今こそ創価の御本尊の力を実証する時ではないでしょうか。

    今まで通りなら承認許可しなかったかもしれませんが、題目あがっている時なので。
    どこまでも「自分対御本尊」ですよ。

    1. ありがとうございます。レオさん。
      ここでは、お話の内容が、他の方の目にもとまるのでしょうね?・・・

      確かに、落ちるところまで落ちているから、後は這い上がるだけですね。
      前向きに捉えれば、良くなるしかないですね。その通りだと思いました。

      しっかり踏ん張ります。
      レオさんの真心の言葉が支えになります。ありがとうございます。

  4. ゆうさん、ご都合悪ければ「お問合せ」ページから送ってください。

    あとさらに言わせてもらえば、地元の信頼できる幹部の方に、しっかり指導を受けることが大切です。自分も、何かある度に(人生の重大局面や、大きな広布の戦いがある度に)地元で指導を受けてきました。もう何十回になるか分からないくらいです。その度に乗り越えて来ることができました。

    人は自分の境涯だけで判断しようとすると、どうしても行き詰まってしまうものです。学会は指導主義です。人生経験豊富な信心の先輩、多数の相談に乗ってきた幹部の方は、思いもしない的確な指針を示してくれるものです。

    どこまでも自分の求道心が大事です。指導を受けてみようとの一念を起こし、行動を起こした瞬間に、自分の殻を打ち破っているのだと思います。その自己の一念の変革こそが、アドバイスを受けた内容以上に、苦境を乗り越える得難い力になる場合も多いでしょう。やはりどこまで行っても、素直に学会指導を求める心、自分中心でなく師を中心にしていく心が、自分の境涯を大きく開いていく秘訣なのです。

    どうしても活字のやり取りだけでは、意を尽くせない部分が多いです。良い意味で逃げ道を無くすこともできません。どこまでも自分が起こした勇気に対して眼に見える変化が起きてくるものです。ネットの活字だけでは、本当の勇気や求道心を起こすことが無理だからです。そういう訳でも改めて、地元で指導を受けることをお勧めします。もし地元で納得できないなら総県、総県でもダメなら方面、方面でもダメなら学会本部と、どこまでも自己の殻を破る求道心を起こしていきましょう。

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