貧乏の鉄鎖を切る(8)

 戸田城聖先生 質問会集から抜粋
~経済的問題とその答えだけを抜粋しました(つづき)


 

経済的悩みが大きくなった

[質問] 経済的な悩みで信心して二年になりますが、だんだんその悩みが大きくなっている状態です。

[答] 四十歳ぐらいで、商売を熱心にやっていればだいじょうぶです。金はもうかるようになります。しかし、あまり若いうちから、金はできないほうがいいでしょう。五十ぐらいからでどうですか。このなかに、経済的に悩んでいる人もあろうと思うから、私の体験を一応話しておきましょう。

私はヒバリのような運勢といわれているのです。それは、貧乏すると、どこへもぐったかわからないほど貧乏をしてしまう。それからひとたび景気がよくなると、どこまであがっていくかわからないのです。ですから友人は、私のことをヒバリというのです。
四十四のとき、牢へはいる前ですが、昭和十八年です、そのとき六百万円もっていました。どうやってできたか自分におぼえがないのです。それが牢から帰ってきたら、借金が二百何十万残っているのです。

それを返し、そうとう財産をつくってから謗法をしたのです。私が天台流の講義をやったのです。それは、私が会長にならなければならない宿命なのです。だが、会長になるのがいやでたまらなかったのです。会長にならないというと、身は日蓮大聖人の弟子でありながら、講義は天台流の講義をしたのでは、心は天台の弟子です。それは大謗法です。自分の謗法というのは気がつかないものです。それでえらい損をしました。

それで私は、昭和二十六年、会長になりました。それから、天台流の講義は絶対にいたしません。おかげで、どうやら金では今日は困りません。だから戸田は、創価学会をやっているから、私たちの寄付でのんきにやっているから、そんなことがいえるのだろうと疑ってはなりません。それはあなた方のほうから一銭ももらってはいません。ぼくに金をくれたという人がいたら出てごらんなさい。それは、あそこへ普請【ふしん】している大講堂の御供養のお金はもらっています。だが私がもらっているのではありません。あの建物がもらったのです。

私がどうにかなったのは、五十二からです。四十四のとき、六百万ももったとき、たいてい五十から財産ができると人は話しているが、私は頭がいいから、人より十年早いのだと、いばっていたのです。ところが、パッとなくなってしまったのです。五十を越してからどうにかできてきました。だから、そうあわてる必要はありません。

それから、いま、あなたのことばをきいていると、ひょっとすると、利息を払っている金を借りているのではないかと思うのですが、利息を払うということはこわいことです。
「だいぶ利息をとったから、元金を利息でとったから、おまえの借金はまけてやる」という人は、どこにもいないのです。だから、もしあなたが借金をして、利息を払っているのなら、そこを打ち勝たなければならないのです。これがいちばんの根本の問題です。このような場合、利息を払う人があるものですか。だから利息など払わないようにと考えるのです。これは大事なことです。

しかし、銀行の利息くらいは、払ってもよい。二銭か、二銭一厘の利息を払って、商売をやれないようなものなら、商売をやらないほうがいいです。ところが、まぬけな人は、日歩十銭だとか十五銭だとかいう利息を払うのです。そんなものを払って、商売などできるものですか。日歩十五銭とすると、年にして六割、月にすると五分ぐらいです。そんな金を払って商売などやれるわけがありません。

ですから、いまの人が二年半も信心して、だんだん重苦しくなってきたというのは、手形をだして、たくさん利息を払っているのでしょう。それをやめるのです。二年も三年も信心していて、金ができないというのは、たいてい高利を払っているのです。このなかにも、そういう人がいるのではないですか。断じて高利など払ってはなりません。それをどうしたら払わないですむかということを考えるのです。そうして、そこからのがれれば、いやでもおうでも、謗法さえなければ、商売は一生懸命になるし、金はできるに決まっています。ところが、いくらもうけても、高い利息を払ったらどうにもなりません。それで、不熱心はだめです。

折伏だ折伏だといって、商売もしないで、折伏に歩いている人がいるのです。このなかには、そのような人はいないでしょうね。折伏はすべきである。しかし商売を放ってまですべきではありません。四条金吾殿という方は、ひじょうにりっぱな方でありまして、本名は四条中務三郎左衛門尉頼基【なかつかささぶろうざえもんのじょうよりとも】と申し、左衛門という官名が中国で金吾というので、四条金吾となったのです。日蓮大聖人様が打ち首になるときに、もし、日蓮大聖人様が首を切られたら、追腹切って死のうとした方です。

それほど信心強盛な四条金吾殿が、折伏によって同僚からざん言されて、主君から不興をかったときに、日蓮大聖人様は、主君の御恩をけっして忘れず、今こそ武士の本分を尽くすよう指導されています。また、あるお方が、お手紙を日蓮大聖人様にさしあげたのです。「このごろは忙しくて、法華経を読むひまがありません」と。そのときに、日蓮大聖人様の御返事が「御みやづかい(士官)を法華経とをぼしめせ」(御書全集1295㌻)、勤めが法華経である、商売が信心であるというのです。

この商売に熱心でなかったならば、いまの方はどういう方か知りませんが、高利を払っているということは、不熱心ということです。そうでしょう。合理的ではありません。
それをやめなければなりません。どうやってやめるかを考えなければいけません。その人、その人の事情によるからです。「御みやづかいを法華経とをぼしめせ」、商売が信心です。その商売を熱心にやらないで、金ができないなど、不熱心ではありませんか。自分のもうけただけそこへ払うならまだいいですけど、ひどいばかは、借りてまで利息を払うのです。そのようなばかなことをしていて、商売熱心だといわれますか。私は、商売熱心ではないと思います。不熱心です。どうか、熱心にがんばりなさい。

 

お金の出る方が多い

[質問] お金がはいるより、でるほうが多いのですが、なんとかなりませんか。

[答] 「大白蓮華」に、過去世に泥棒をやってきたものは、毎日毎日はいってくるお金はあるけれども、それより早くお金がでていってしまうと、私が書いたのですけれども、勝手に書いたのではないのです。それは、釈尊がいっているのです。私がいったのではありません。その次には、日蓮大聖人様がおっしゃっていることがあるのです。「般泥洹経【はつないおんきょう】に云く」とおっしゃっているのです。ここが問題なのです。

経の内容は「おまえは貧乏人だと、どういうわけかというと、前の世に泥棒したから貧乏なのだ」と。「はあ、そうでございますか」といって、「それでは、私過去に泥棒したのですか、よくわかりました」といっただけでなんになりますか。このなかにも、そうとう過去世の泥棒がいるらしい。さきほどの奥様が、永遠の生命論を教えてくれといったが、それを聞いただけでなんになりますか。いま私のところにお金がないのは、過去世の泥棒のせいだ、これから泥棒してはあいならん、また未来世においてこういう貧乏するといわれて、それがもっともだとわかってどうしますか。貧乏を喜んでいけますか。そこに、釈尊の仏法と、日蓮大聖人様の仏法との相違があるのです。

いろいろ貧乏をしているのは、過去に泥棒したからとわかっても、「申しわけありません」と、だれにあやまるのですか。だれのをとったのかわかっていないし、覚えていません。わかっていれば返しに行けるけれども、だれのをとったのか覚えていない。それなのに文句をいわれて、貧乏人にされるのは迷惑です。仏様もずるいです。われわれにはわからないのですから。「そういうわけで、おまえは貧乏しているのだから、がまんしていろ」というのは、それはお釈迦様のほうがずるいです。

それを、日蓮大聖人様が、「そうしんぼうすることはいらんぞ。どうせ前の世では、おまえらろくなものではないのだから助けてやる」と大慈大悲を起こされたのです。観心本尊抄という御書に、はっきりしていますが、「ここで御本尊をおまえたちにあずけておくから、この御本尊を拝め。過去世でいかなることをしておろうとも、過去世で仏になるくらいの資格をつくった人の功徳と、同じ功徳をおまえらにくれるぞ」とおっしゃって、御本尊様をお与えくだされたのが、日蓮大聖人様なのです、心配いりません。

日蓮大聖人様の五字七字の御本尊を、三大秘法の御本尊を拝むところにおいて、権迹本【ごん・しゃく・ほん】の仏の因、如是因【にょぜいん】といいますが、そういうものを、われわれにくださっているのです。過去世で謗法をやっていてもいいのです。牢になど連れていきませんし、刑事も引っ張りにきません。前の世にやったことですから。安心して御本尊様を拝めば、大金持ちの種を植えたことになるのですから、安心して金持ちになって、そしてどこかへ遊びに行っていらっしゃい。

 

貧乏の鉄鎖を切る(1)

貧乏の鉄鎖を切る(2)

貧乏の鉄鎖を切る(3)

魔との戦い ~御書三編

貧乏の鉄鎖を切る(4)

貧乏の鉄鎖を切る(5)

貧乏の鉄鎖を切る(6)

貧乏の鉄鎖を切る(7)

 

 

 


貧乏の鉄鎖を切る(7)

戸田城聖先生 質問会集から抜粋
~経済的問題とその答えだけを抜粋しました

楽なところへ就職できるか

[質問] 現在失業中ですが、私の技術は、木工で二十四年の経験をもっていますが、最近やめさせられてしまった。楽にたくさんの給料の取れるところに、就職できるでしょうか。

[答] やめさせられた原因を、よく考え、自分のいやな、また人のいやがるところで、うんと働いてこそ、自分の願いがかなえられるのです。初代の会長は、たえず「東京で満足に生きていくには、一人前だけ働いたのでは、食うや食わずの貧乏暮らししかできない。二人前働いてやっと東京人になれ、三人前以上働いて、妻子を養うことができる」といっておられました。

職業をおろそかにする人は、信心もだめであります。金をうんともうけるには、かせがなくてはだめです。金を取る根本には信心があるのです。ろくに働きもしないなまけ者は、創価学会に必要はありません。

ふとんの行商が思わしくない

[質問] 入信して一年十か月、自分ではしっかりした信心をしているつもりですが、生活がますます、まずくなってきています。商売はふとんの行商をしていますが、どのようにしたらよいでしょうか。

[答] 商売はしっかりやっているのですか。それでは、その貧乏な人の話をすると、こうなのです。その人は、いまのようなことをしょっちゅういってきたのです。そして、しまいには夜逃げをしてしまったのです。その人をそれで私がよく記憶しているのです。一年前に思い出して、その人いったいどうなった、と聞いたのです。ところが、家を建てて電話ひいているのです。おどろきました。絶対に、そんなふうになりそうもない人だったのです。ところが、しょっちゅうきて、いまのようなことをいっていたのです。「信心はきちんとやっています。折伏もしています。商売がうまくありません。御本尊が悪いのでしょうか」といっていた。それが、六年か七年目に、私が聞いたときには、きちんと成功しているのです。これは、いつも申しますように、なかなか時間がかかるのです。

なぜかと申しますと、南無妙法蓮華経という、ほんとうの御本尊様を、われわれが受けたということは、われわれの心田に仏種を植えたことなのです。いわゆる下種、種を植えたのだから下種というのです。これだけの畠【はたけ】に、一つの種を植えたのです。その種が、育って大きい木になれば、今度は、実が年に百なら百なるとします。果物が一つ十万円で売れるとします。百売れて、十万円なら一千万円です。そういう大木を植えたのです。心田にまだ実はならない、その時にどうします。大きくなるまで、草をとったり、あるいは水をやったり、肥料をやったりするのがあたりまえでしょう。

そこでわれわれの田や畠を梵天帝釈(ぼんてんたいしゃく)をはじめぜんぶが守るのです。経済難などに絶対させるはずがないのです。そうして、今度はだんだんと守っていくのですから、だんだんとこの芽が育っていって、木の実がなるというふうになりますれば、願わずとも、金はでてくるのです。そうなるまで待つ以外にないのです。その間は、梵天帝釈は守りますから、暮らすだけのことができないわけはありません。身延ではあるまいし、そんな御本尊を私はすすめません。

それはなにかおかしなことがあるのです。私はあなたの信心を信じてはいません。そんなばかなことがあるものですか。一年十か月も信心して、どうにもならなくて、どうしましょうかなどと泣きごとをいうような御本尊様を渡してはありません。信心の仕方が違っているのです。

早くいえば、班長だとか、地区部長だとか、組長だとかいう者の批判をしたり、あるいはいろいろなことをいったりしているか、さもなければ、しっかり御本尊様を拝んでないか、商売をしっかりしていないかなのです。そんな御本尊様をあなた方に渡してはおりません。自分でよく反省してごらんなさい。一年十か月も信心して、梵天帝釈が来てたすけないような御本尊様は、絶対渡してはありません。

 

 


悪と戦え! -指導集(3)

●紙上座談会から(‘08年7月31日付)

 原田 一切は「師匠に対する姿勢」に表れる。
 退転する連中は、どいつもこいつも「恩知らず」だ。私利私欲に狂い、師匠の大恩を忘れ、師の偉大さに嫉妬する。そこから転落していく。
 正木 そのうえで、大聖人は恩知らずの裏切り者の本質を、鋭く見抜かれた。
 「よくふかく・心おくびやうに・愚癡にして・而【しか】も智者となのりし・やつばらなり」と喝破されている。
 三井 要するに「強欲」「臆病」「愚癡」「傲慢」ですね。
 正木 ①強欲! 金、酒、女に狂い、遊び狂って信心を失う連中だ。
 西山 ②臆病! 広宣流布の戦【いくさ】から逃げ回る卑劣なやつらだ。何かと屁理屈をこねて、折伏をしない。勤行をしない。学会活動をしない。
 総じて勇気がない。いるだけ足手まといの連中だ。

 派閥を作る輩

 原田 ③愚癡! 愚か者で、まんまと敵に騙【だま】され、操られ、踊らされる輩だ。
 こういう連中は、正しい学会指導を聞かず、勝手な派閥を作る。我見で組織を撹乱【かくらん】する。
 正木 そして④傲慢!
 師匠と学会のおかげで偉くしてもらいながら、恩を忘れ「自分は特別」と思い上がるやつらだ。
 そういう人間ほど、根が卑しい。虚栄、虚飾。自分を偉く見せようと、己を飾りたがる。
 笈入 学歴詐称の大ウソをついて「勲1等」をぶら下げ、有頂天になっていた男もいたな。
 原田 大聖人は「大慢のものは敵に随う」と厳しく仰せであられる。
 大恩を仇で返すばかりか、敵に寝返る。「城者として城を破る」ようになる。
 西山 だが、裏切り者の末路は、みな無残だ。
 戸田先生が「退転者は、不思議と、その堕地獄の姿を見せにくる」と断言なさった通りじゃないか。
 原田 戸田先生は、こうも厳しく語っておられた。
 “退転者が惨めな姿を世間に晒【さら】していくのは、いかに仏罰が恐ろしいかを、その姿で証明するためだ”と明言しておられた。
 正木 仏法の因果は厳しい。御書に「師子をほうれば腸【はらわた】くさる」と仰せの通りだ。
 原田 なによりも仏意仏勅の創価学会を追放されるということが、どれほど恐ろしいか。
 戸田先生が“学会を追放されるほど、恐ろしい、可哀想なことはない”と明確におっしゃった通りだ。

●名字の言から(‘08年8月18日付)

▼信長は、この直後、佐久間父子を遠国に“追放”した。勝った末の重臣への処分に、皆が驚いた。信長が自ら筆を執【と】って父子に書き送った「折檻状【せっかんじょう】」には、その理由が記されている。
▼例えば、5年間も在陣していながら何ら成果を出せなかった。相手を大敵だからと攻撃しなかった。守りさえ堅固ならば、いずれ敵は屈服すると安易に構えていた。同志の戦う姿に触れても奮起できなかった。戦況について一度も信長に報告や相談がなかった。そのくせ自分の蓄財だけは怠らなかった――等。怒りに震えながら信長が綴った“罪状”は、19条にも及んだ。
▼戦場に“居る”ことと、“戦う”ことは違う。惰性や慢心や臆病を排し、勝利に向かって勇敢に前進しようとしてこそ、本物の戦いと言えよう。
▼御書に「仏法と申すは勝負をさきとし」(1165㌻)と。私たちの広宣流布の活動も、友の幸福を願い、仏縁を広げる“戦い”だ。さあ、常在戦場の気概で、下半期も楽しく、友好の対話を拡大していこう!

●体験のページ、に引用された池田先生の言葉から(‘08年8月21日付)

 いくら泣き言を言い、運命を嘆いても始まらない。心強く生きる人が本当の幸福をつかむことができるのです。朝の来ない夜はありません。

●名誉会長のスピーチから(‘08年8月3日付)

法を壊す悪と戦う人が菩薩

一、天台大師の師匠である南岳大師の言葉に、こうある。
「もし菩薩がいて、悪人をかばって、その罪を罰することができず、そのために悪を増長させ、善人を悩乱させて正法を破壊させるならば、その人は、じつは菩薩ではない」(御書1374㌻、通解)
正法は全人類を幸福に導く。悪人は、その法を破壊する。
悪と戦ってこそ、菩薩なのである。
正義の師弟を貫くのは、「破折の精神」「折伏の精神」「広宣流布の精神」にほかならない。

ドイツの哲学者カントは喝破した。
「陰険な人間、それは思いやりがなく、冷酷で、人を傷つけて喜ぶ人間である」(『カント全集15』、岩波書店)
同じくドイツの詩人シラーは、「卑劣な人間がいるところ、嘘と陰謀がはびこる」と綴っている(戯曲「ヴァレンシュタイン」)。
戦おう! 正義を守るために。邪悪を打ち破らなければ、いい人材は育たない。

「清浄な創価学会の組織を撹乱【かくらん】する者を追放せよ」
これが、戸田先生の厳命であった。

また、牧口先生は、人事について「親分子分だけの関係で人事をやってはいけない」と戒められたという。
そういう人事は、結局、うまくいかないものだ。皆からも支持されない。
広布のための組織である。決して公私混同してはいけない。

(中略)
戸田先生は語られた。
「社会の不幸に目をつぶって、宗教の世界に閉じこもり、安閑【あんかん】とただ題目を唱えているだけなら、大聖人の立正安国の御精神に反している。
この世の悲惨をなくす。不幸をなくす。人権を、人間の尊厳を守る。平和な社会を築いていく。そのなかにこそ、仏法の実践があるのだ」と。
この「戦う心」を忘れ去ったのが、日顕宗である。

「民衆に慕われながら、民衆の生活の中に飛び込んで広宣流布していくんだ」と、率先して陣頭指揮をとられる戸田先生だった。
先生は、こうも言われた。
「権威なんか恐れることはない。だれ人たりとも恐れる必要はない。
権威を恐れていては民主主義が破壊される。それでは民衆が、かわいそうではないか。あくまで主権在民である」と。
どこまでも、民衆が強くなるため、民衆が賢くなるための学会活動である。最高幹部は心しなければならない。

●随筆 人間世紀の光 137 から

蓮祖大聖人の御一代の主戦場は、いずこであったか。

それは、東海道の天地である。

修羅闘諍の鎌倉時代――。
本来、民を救うべき坊主は、貴族の都の繁華に逃れて、安逸を貪っていた。都での分け前よりも多くを望んだ坊主は、幕府におもねり、鎌倉の大伽藍に庇護を求めた。
ただ己の我欲と保身のみであった。爛れた虚栄の軟風に侵された「京なめり」の腐敗と堕落でさえ、大聖人は痛烈に破折なされた。

不幸に喘ぐ民衆を救わずして、何が宗教だ!

苦悩の渦巻く社会の現実を変えずして、何が仏法だ! 法華経の魂は、腐りきった坊主の魔窟になど絶対にない。断じてない。

アメリカの人権の闘士キング博士は、人間の魂を脅かす社会悪に挑もうとしない宗教は「精神的に死にかかった宗教」であると、厳しくも断定している。


仏法の真髄とは何か。

民衆のなかへ飛び込むことだ!
人間のなかへ、社会のなかへ飛び込み、現実変革の怒濤を起こしゆくことだ!
この日蓮仏法の究極の実践者こそ、創価学会である。

 

 


巌窟王の信心 -指導集(2)

●本門の陣列は立つ!(11) 大白蓮華13-3月号

「(秋芳洞【あきよしどう】の)奥のところの岩に『巌窟王』と名称がついておりました。
戸田先生が牢に入った時に、
『俺は巌窟王になる。日本の国家主義は、牧口先生を殺した。殺したのだ。おれは必ず仇を討つ! 絶対に、牧口先生を死に至らしめた連中に鉄槌を下す!』と――。
すなわちそれは“広宣流布を成し遂げる!”という根本精神であることは当然でありますが、そのお言葉をよく私どもに話しておられました」


会長の声が力強さを増していく。
「皆さん方もずいぶん批判をされてきたと思います。また皆さん方の後輩も、大【だい】につけ小【しょう】につけ、批判され、いじめられてきております。
私ども幹部は団結して、
『どうだ、大聖人の仏法は絶対、正しかったろう!』
『広宣流布はできただろう!』。
批判していた人間、バカにしてきた人間たちが、
『本当に申し訳なかった。創価学会はたいしたものだ。私は負けた。どうか会員にしてください』
と言わせるぐらいの“巌窟王のような信心”を、お互いに、一生、してまいろうではありませんか!」


一呼吸、置いて会長は断言した。
「それが学会精神です!」
射抜くような眼光が参加者に、なかんずく青年に注がれた。


(中略)
続いて、先輩幹部の在り方を語っていった。
「くどいようでありますが、幹部の成長に尽きます。(中略)“仏法は勝負”です。“証拠”です。いくら幹部だからといっても、信心がなければ、真実の信心修行がなければ、功徳は出ません」


会長は、先輩が模範の姿を示すよう、強く訴えていった。
「功徳が現れていない人は怨嫉しているか、要領が良いか、ウソをついているか、またはヤキモチか、または何もやっていないか、カラ回りか、それは自身の心の中で反省してみれば分かることであります」


会長は強い期待を込めて語っていく。
「大勢の後輩が、皆さん方の姿を見ております。その責任も感じて、これだけ自分は“証拠”を示したという、一人一人になっていただきたい」
ただし――。
「どうか背伸びすることなく、自分らしく」進むよう望んだ。
会長は、見えを張ったり、自分を飾らないよう釘を刺したのだ。自分を飾っているかぎり、本当の人間としての力はつかない。

●新・人間革命 勇将7  13-2-20付聖教

発迹顕本――迹(しゃく)を発(ひら)いて本(ほん)を顕(あらわ)す。仏が仮の姿(垂迹)を開き、その真実の姿、本来の境地(本地)を顕すことを意味する。

日蓮大聖人が、鎌倉・竜の口で、まさに頸を斬られんとした時、江の島の方向から、「月のごとく・ひかりたる物」(御書914㌻)が現れる。その光は、月夜のように明々と人びとの顔を照らした。大聖人を斬首しようとした兵士は、目がくらみ、倒れ伏し、皆、怖(お)じ恐れて、蜘蛛(くも)の子を散らすように、逃げ出したのである。


「近く打ちよれや打ちよれや」(同)と、大聖人が声高に呼んでも、誰も近づこうとはしない。「頸切(くびきる)べくはいそぎ切るべし夜明けなばみぐる(見苦)しかりなん」(同)と叫んでも、返事もない。結局、頸を刎(は)ねることはできなかったのである。

諸天は、大聖人を守護し、大宇宙を動かしたのである。法華経には「刀尋段段壊(とうじんだんだんえ)」(刀は尋(つ)いで段段に壊(お)れなん)とある。

それは、一切衆生を救済せんとして戦い続けてこられた大聖人が、凡夫という「迹」の姿を開いて、その身のままで久遠元初の自受用報身如来、すなわち末法の御本仏の本地を顕された瞬間であった。大聖人は門下に対しても、次のように仰せである。
「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩にさだまりなば釈尊久遠の弟子たる事あに疑はんや」(同1360㌻)
大聖人の仰せのままに、広宣流布に生き抜く創価の同志は、地涌の菩薩であり、その内証は久遠の仏の弟子なのである。


大聖人の誓願は、敷衍(ふえん)して言えば、御自身が発迹顕本されたように、末法の一切衆生を発迹顕本させることにあったといえよう。すなわち、一人ひとりに地涌の菩薩の使命と実践とを教え、御本仏の弟子として、仏の境涯を顕すことを念願されていたのだ。

熱原の法難をもって、大聖人が出世の本懐を遂げられたのも、殉難をも恐れぬ、農民信徒の強盛なる信心に、衆生の発迹顕本を御覧になったからであろう。

●第56回本部幹部会での名誉会長のスピーチ 06-1-6開催

一、私は心に決めていた。
“断じて、戸田先生に、次の会長になっていただくのだ。そして、広宣流布の指揮を縦横無尽に執っていただくのだ”


私は祈った。先生のために。学会のために。激闘の中で祈り抜いた。
もう寝ても覚めても題目。歩いていても題目。車の中でも、電車に乗っても、時間さえあれば、全て題目。
ただただ、題目を抱きしめて、この世の残酷な苦難をはね返し、戸田先生が第2代会長に就任される道を、命を賭して、切り開いていったのである。


思えば、初代の牧口先生が軍部と対決して牢獄につながれたとき、獄中までお供し、最後まで戦われたのは、戸田先生、ただお一人であった。
この「一人」が大事なのである。
その戸田先生を、人生の全てを捧げてお守りし抜いたのは私である。
ゆえに私は、第3代会長となった。


この究極の「師弟不二」の大闘争にこそ、今日にいたる学会の大発展の根本の因がある。それを、断じて忘れないでいただきたい。
三代の師弟は勝ちました!