兵庫交流

この土日に兵庫県に行ってまいりました。
約30年前に高専の工場見学で大阪を訪問して以来の、近畿入りとなりました。

現地でレンタカーを借り、宝塚市、伊丹市、尼崎市、西宮市、神戸市と5市を周り訴えきってきました。自分の所属組織の同志から題目の応援を頂き、諸天に守りに守られ、所期の目標を達成し無事故で帰宅することができました。この場を借りて、題目を贈って頂いた方々、応援してくださった方々に、心より感謝申し上げます。これ以上のことは詳細に書くことはしませんが、苦労も多かった分、最高に充実した2日間を過ごせました。

写真などを撮る余裕は無かったのが正直なところですが、次の2枚は帰路の神戸空港の様子です。予定より早く空港に着き、未だ閑散としています。

神戸空港-1-2

神戸空港-2-2

話は変わりますが、今回訪れた阪神地方には、近江商人の心得として、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」、すなわち「三方良し【さんぽうよし】」というのがあるそうです。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるという意味だそうです。

私たちの実践もある意味で、立正安国の行動における「三方良し」とも言うべき、通じるものがあると思うのです。つまり「政治良し」「友人良し」「自分良し」を実現するものだということです。

よく言われるように我々は単なる選挙屋ではないのですから、立正安国への1つ1つの行動は、以下の3つのことを目指したものなのです。

1.政治を監視し菩薩界・仏界の政治家をつくり、国家・社会の平和と安穏を実現する(政治良し)
2.友人との対話を通じて、仏界の生命力を分かち合う(友人良し)
3.自分自身が功徳を受け、生活革命する(自分良し)

今回の交流で勢いを出して、自己の戦いの目標、功徳の目標へ向けて、自分に出来ることを100%やり切っていきます。

 

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モルダウ 他

次の土・日に近畿方面に行ってきます。兵庫入りは単独では初めての経験です。
ではここで、クラシック曲から2曲お聞きください。最初の曲はスメタナのモルダウ「わが祖国」の一部分です。

 

 

2曲目は、ボロディン オペラ「イーゴリ公」より「韃靼人【だったんじん】の踊り」です。

 

 

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リーダーシップについて

「リーダーッシップ」について学ぶことが、自分の最近の大きなテーマとなっています。1枚目の写真は、大枚・税込3,024円で購入した『グロービスMBAリーダーシップ』の新版です。3分の2程まで読み進んだところです。

 

リーダーシップ01

古くからのリーダーシップ論に加えて、最新の理論や動向も述べられています。新版の最大の特徴は、第1部が理論編であるのに対して、第2部が実践編として、73ページもの紙幅が割かれていることです。

2枚目の写真は、学会においてはリーダーシップについてどのような指導がされているのだろうということで、青年部時代に頂いた資料を再読してみました。

リーダーシップ02

この昔の資料から、特に印象に残った部分を抜粋致します。

●北海道夏季研修会 平成3-8-18

強き一念、率先垂範のリーダーに

◇ 戦いにおいては、まず「将」自らが闘争の意志を鮮烈に示すことである。あいまいな、腹の決まらないリーダーのもとでは、あとに続く人々の士気が高まるはずがない。

◇ 自ら先駆を切って進む――。「率先垂範」こそ広宣流布のリーダーの条件である。
 反対に、口ばかりで、ろくに行動もせず、いつも人を”動かそう”とする指導者では、人々は歓喜も出ないし、自信もつかない。ゆえに全体が敗北の方向に行ってしまう場合がある。
 ともあれ、リーダーの「人格」「信念」「行動」の差が、勝負を決するといってよい。

◇ 特にリーダーに、その「強盛な祈り」と「確信」があるかどうか、何ものにも屈しない「不敗の一念」で戦うかどうか――そこに「前進」か「後退」か、「幸福」か「不幸」かの大きな分かれ目がある。
 いかなる組織・団体においても、臆病な、「心」の弱い指導者をもつことほど不幸はない。”一念の弱さ”――これはリーダーにとって致命的な欠陥である。歴史上、中心者の臆病によって大勢の人を不幸に巻き込んだ悲劇も数知れない。

●出典不明のご指導 2000-2-16以前の資料から

◇折伏の実践について

■ 折伏は、喧嘩しに行くのではない。どこまでも慈愛です。戸田先生は言われた。
「折伏を素直にどんどんしなさい。それから、人を憎んではならない。けんか口論はいけない。まじめに、やさしく教えればよい。その教える精神ができればよいのです。それで反対すれば、反対した本人がだめになる。やさしく教えるという気持ちです。恋愛みたいなものです」と。
おもしろいことをおっしゃるね、戸田先生は。恋愛なら、みんな一生懸命だろう。何枚も何枚も便箋を無駄にして、手紙を書いたり、今度の休みの日、どんな言葉で誘おうかなと、夜が明けるまで考えたり。それでうまくいって、結婚して後悔するようなことは、「折伏」にはないけれども。

■ 大切なことは「真心が通じますように」との祈りです。祈りから智慧も生まれる。確信も、歓喜も生まれる。大変だけれども、その人が必ず幸せになり、自分も幸せになっていくことを思えば、これほど「楽しい」こともない。戸田先生はよくおっしゃっていた。
「折伏というものは苦しんでやるものではない、楽しくやらなければなりません」と。(中略)根本は「私にも、仏様のお使いをさせていただけるんだ」と喜び勇んで、語っていくことではないだろうか。

 

◇何のための報告・連絡・相談なのか

 「これでいい」という自分自身への甘えや惰性を排して、現実のあらゆる「壁」「限界」を打ち破り、勝利への確固たる流れを作るために報連相(ほうれんそう)は大切なのです。
誰しも広宣流布の戦いをやっていると思うものです。しかし、現実には、自分以上に広宣流布を真剣に考え、また悩んで指揮を執っている先輩がいるものです。その先輩にぶつかっていく時に、自身の悩んでいる「壁」や「限界」を打ち破っていけるのです。

 

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