カーラ・ボノフ他

ここらへんでカーラ・ボノフの曲などいかがでしょうか。

リンダ・ロンシュタットもパンチがある歌声です。
この2人なども、 遥か大昔、中学生の時に好んで聞いていました。

サーカスの「アメリカン・フィーリング」も1オクターブ下げてカラオケで歌います。

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700万遍達成

今日、3年半で700万遍を達成しました。
半年に100万遍のペースで7回完了となったのです。

1日のペースはだいたい90分=6000遍です。
雨の日も風の日も、どんなことがあっても来る日も来る日も90分を持続すれば、これだけ上げることができます。
90分ぐらい大したことない、とお思いかもしれませんが何年も続けるとなると、これがけっこう大変です。

行・学の実践が欠かせませんし、時間のやりくりもたいへんです。
自分の心身の司令塔である頭脳・心を、聖教新聞・学会書物・御書に常に触れて、上手にリードしていく必要があります。
もちろんそれには書類や活字だけを頼っていてはダメで、一番大事なのは常に善知識の集いである学会の活動をしていくことが最重要です。

時間のやりくりも、後手後手と遅い時間にずれ込んでいくのではなく、朝に勝つことは元より、可能な限り唱題を優先させながら、早目早目に済ましていく意識が大事です。
夜遅い時間に残してしまうと、思いがけない用事が入ったり、酒などの誘惑に負けて、
「今日はもういいべや。明日にしよう」
となってしまい持続が困難になってきます。

決して時間を上げることが目的ではないのは当然です。
しかし、自分が決めた時間も含め、1つ1つの目標をやり切っていくなかでこそ、1つ1つの願いが叶い、課題の解決もあります。

これだけの唱題をしていなかったら、到底無理であったような幸福感に満ちた生活ができています。
真の幸福とは地位やお金だけでは決してないのです。
強い自分が確立していなければ、かえってそれら名聞名利に翻弄【ほんろう】され、不幸の原因にさえなってしまうものです。
莫大な金銀財宝にも代え難い、幸福感=心の財を盤石に築いてこそ、身の財、蔵の財も自在に生かすことができます。

ともかく(また再スタートを切る思いで)、とりあえず1000万遍目指し、先生に勝利のご報告をしていけるよう前進していきます。

注: 写真は、唱題表の途中から百万遍スタートしているため、2枚にまたがっています。
通算3100万遍というのは、昭和60年夏からの通算です。

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英訳御書

このたび『英訳御書(上巻)』を購入し、音読による全編拝読するべく挑戦を開始した。
2枚目の写真は、「開目抄」の冒頭ページである。

『新・人間革命』
『マンデラ自伝』
『ビル・クリントン自伝』(途中)
と英語本 音読を今まで進めてきた。

図らずも大統領ものが2冊続いてしまったが、大統領であれば権力を掌中にしてはいても、境涯論で比較すれば大統領だからといって、特別に境涯が高い訳ではない。
日蓮大聖人の無上のご境涯から認められた御書こそ、最高峰の一書である。

本年の4月28日の立宗の日は、『御書全集』の発刊60周年記念でもあった。
さかのぼれば1951年5月3日第2代会長に就任された戸田会長が、まず着手されたのが、大聖人の御精神を伝える御書発刊事業であった。
その編集作業に心血を注がれたのが若き池田先生でした。

戦時中に弾圧を受けた際、退転者が多く出たのは教学が無かったから、と考えた戸田会長は徹底して教学に力を入れられました。
確信が無ければ、困難にぶつかった時に弱い。
教学に裏付けられた大確信があってこそ、いかなる障魔も乗り越えられます。

「本朝の聖語も広宣の日は亦仮名を訳して梵震に通ず可し」
(御書1613ページ)
との日興上人の仰せを、世界的に実現したのは学会です。

それに対して日顕宗は、法主本仏論など御書に無い邪義を振りかざした、「師敵対」そのものであり、世界広布を進めてきた仏意仏勅の学会に送りつけてきた「破門通告書」には、御書の御文を一文も挙げることのない、大聖人の精神に背いた暴挙であった。
その結果、信徒数が最盛期の2%まで凋落【ちょうらく】するという、厳しき仏法の因果の報いを受けている。

それとは対照的に学会の御書はいまや、英語、中国語、フランス語、スペイン語などに翻訳されており、教学試験を受けるSGIメンバーは今年だけで52か国で15万人となる予定です。
学会が「信・行・学」という仏道修行の王道を真っ直ぐに歩むことができているのも、御書発刊のおかげです。
あの昭和31年の「大阪の戦い」でも、池田先生による毎朝の御書講義が、「”まさか”が実現」の大勝利の原動力であったことは、よく知られています。

世界の果ての片隅に、悲惨で喘ぐ人がいる限り、どこまでも駆けつけていく思いで、仏の智慧と慈悲の光彩によって救い切る、との我々のミッション(=使命)を果たし切っていこうではありませんか。

聖教ブック・サービス

英語の使用人口

<補足>
2つめのリンク先の表内にある数字の単位は100万人ですから、
英語を母語とする人は世界で約3.5億人、公用語とする人は14億人というから驚きですね。

 

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創城会員へ激励の品

壮年の場外整理役員のグループ「創城会」(そうじょうかい)メンバーを代表して、先生から御伝言と激励の品を頂きました。
この場を借りて感謝申し上げ、自分らしく先生に喜んで頂ける戦いができるよう、新たな思いと決意で、また前進していきます。

ところでお写真のこの花はなんという花でしょうか。
名前と花言葉なども解ればいいのですが、誰かご存知の方いらっしゃれば、コメントにて教えてくださればうれしいです。

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不可惜所領事(3)

「一生は夢の上・明日を期(ご)せず、 いかなる乞食には・なるとも、法華経にきずをつけ給うべからず」
(御書1163ページ)

<現代語訳>
一生は夢の上の出来事のようであり、明日のこともわからない。
どのような乞食になっても法華経に傷をつけてはならない。

「永遠の生命」からみれば、一生といえども、一時の夢のようにはかなく、明日、我が身がどうなるか分からないのが、凡夫の現実です。
一生における名誉や、地位、財産なども幻のよなものです。
一時の夢のような今のこの一生が、永遠に幸福に自由自在に生き抜く生命を、開くか否か、その勝負を決する”一瞬”となる。

「いかなる乞食には・なるとも、法華経にきずをつけ給うべからず」と仰せになり、大聖人は四条金吾に信心の究極の要諦を教えています。
池田先生は同書で仰ってます。
「病気であれ、経済苦であれ、置かれた境遇がどんなに苦しくとも、その境遇に負けずに信心を貫けば、法華経に対して傷をつけることにはなりません。
境遇に負けること、自分自身に負けることが、「法華経に傷をつける」ことになるのです」

世間の評判を恐れた「臆病」に負け、毀誉褒貶【きよほうへん】に惑わされ「傲慢」に陥り、なにより一番大切な「信心」を見失ってしまう。
 これらの結果として「法」を下げることに通じていく。

”法華経に傷をつけてしまった” 忘恩の背信者たちに共通するのは、信心を見失い、地位や財産に固執する姿に陥っていることです。
黒い濁りの生命ゆえに、信仰の魂をなくした、哀れな「精神の敗北者」の姿を露呈している」
それにも関わらず、そのことを恥じる心すら失っている、それが「無明」の恐ろしさです。

一般に仏教というと「無常」が強調され、移ろいゆく無常の現象にとらわれ、煩悩に責められる「小我」を捨てよと説かれます。
仏法が「大我に生きよ」と教えるのは、エゴにまみれた「小我」が苦しみの人生ももたらしているからです。

しかし、それは決して「人生を捨てよ」とか、一切の社会的立場を捨てて「仙人のように生きよ」などと説いているものでは断じてありません。
(中略)
その「大我」に立脚した生き方とは、
「小我」への執着を打ち破り、「常住不変の法」と一体の確固たる主体性と生命力で、無常の現象に紛動されず、我が生活を正しく方向づけていくことにほかならない。
したがって、「いかなる乞食には・なるとも」とは、”もう、所領などあきらめよ”という意味ではありません。
人生の断面として究極の二者択一に直面せざるをえなかった時は、常に悠然と「大我の道」、すなわち永遠不変の「信仰の道」を選び取りなさいとの仰せであります。

その方向性さえ定まっていれば、現実の社会の中で勝利を目指すべきは当然です。
「仏法は勝負」ですから、仮に世間でひとたび敗れることがあってもあるいは宿命や障魔の嵐に直面したとしても、断固として妙法を守り、師弟の道を貫き、創価学会を支え、和合僧を築く人は、その時点で、すでに生命の次元での勝利者です。

「大我」に立つことによって、一切の困難をはねかえす原動力が得られ、必ずや、人生の「最後の勝」を開いていけるのです。
たゆまざる日々の仏道修行によって、鍛え抜かれた生命こそが、いざという時に無明という強敵と戦い、悪の発動を抑える力となります。

ともあれ、人生の岐路にあって、正しき道を選び取る「揺るがぬ基準」は、「師と共に歩む」という一点が重要です。
その師弟に徹した生き方を教えるのが、日蓮大聖人の師弟の仏法です。

(つづく)

 

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