砂川市・美唄市へ

最近、投稿が活動報告が続いていますが、もう少しお付合い頂きます。

去る28日に今回の主戦場内にある砂川市と美唄市へ、車に母も乗せて交流に行ってきました。
往復230km9時間の行程で、6人の友人などと対話できました。
この人数には父母の友人も含んでいます。

内2軒=4人には両軒とも家に上がって、じっくり対話でき、十数年振りに会えことに、手を取り合うようにして喜び合いました。

「法戦は単なる運動ではない、仏縁を深め広めることが最大の目的である」
との学会指導通り、元気になり、幸福になる仏縁を一段と深めることができた、その手ごたえを大きく感じた今回の交流でした。
母と共に大満足で無事故で帰着でき、夜は感謝の祈りを捧げました。

写真は2枚とも美唄市の写真です。
3月末にして未だに2mを超える積雪が残っているのが驚きです。
住宅地に入ると車がすれ違うのが困難なほどです。





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青年大会/座談会

携帯に入っていた写真を micro SD カードを介してパソコンに移動しました。
一番上の写真は、今年初めの座談会のみんなの広場で、決意・目標を漢字で表して発言したものを、終了後に掲示したものです。
レンズが汚れていたのか、変な具合の写真になってしまいました。

地区の多士済々の顔ぶれが、ある意味、文字として目に見える形で表れ、しかも中等部の兄妹がコーナーの司会と書出しを行ない、かなり盛り上がりました。



次の2枚は、昨年末の青年大会会場の入り口に展示された壁絵です。
素晴らしい色使いの真心こもる作品です。
写真では壁絵しか紹介できませんが、1つ1つの出し物も、何より参加者1人1人が最高に輝いていました。

これからの時代を担いゆくのは、彼ら彼女ら青年しかいないと頼もしく思いました。
歴史に刻まれたこの青年大会に参加できて、本当に良かったです。





次の封筒の写真は、この青年大会に連れ出しして一緒に参加した男子部のお母さんから、返してもらったものです。
この婦人部の方が律儀にも、たまった封筒を返してくださるのは、これで2回目です。

単純に考えてもこのお宅だけで、写真の2倍の封筒(=61枚×2=122枚)を使用し投函していることになります。
壮年・男子合わせたら、写真の軽く20倍の分量を超えるでしょう。

こうした地道な行動の積み重ねが、前回の青年大会へ連れ出しとして結実したんだなぁ、と改めて感慨深いです。

我ながら「こんなに周ってたかな?」と驚きなのですが、今いるブロック(または地区)だけでも20年以上周り続けていることになりますので、こういう封筒の数になるのでしょうね。
小言も言わず受け取ってくれる会員さん達の思いも、改めて感じ取っています。

(宛名の部分は3Dボカシを入れてあります)





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パソコンをもらう

この数カ月は日曜ごとに外に打って出ています。
東隣の市から西隣の町まで幅60kmほどの友人・知人宅を、何度も周りました。
この2か月で外部だけでのべ50軒、4カ月だとのべ70軒を訪問してます。
これはブロック内の学会員訪問を含まない、友人・知人だけの軒数です。

不在のお宅には色々なチラシや、先生のご指導をまとめた書類やSGIグラフ等を置いてきます。
なかには、私が来るのを喜んでくれる人や、
「SGIグラフの写真は本当にきれいだねぇ」
「池田先生のご指導にはいいことがたくさん書いてあるねぇ」
という人もいます。

部屋にこもって題目をあげるだけでなく、せっかくの日曜日にどれだけ外に打って出て、どれだけ動けるかが勝負だ。
誰が何を言おうがどう思おうが、祈って祈って動いて動いて語って語って、断じて執念の戦いで折伏の結果を勝ち取るのだ! と決めて連続闘争しています。

74歳になった父は軽い認知症となり、シルバー・デイケアに平日は毎日通っていますし、母は70歳で日曜もなく働いています。
ですから父を1人で家に残していく訳にはいかず、「ドライブ行かないかい?」と誘って、対話の時は車で待ってもらいっています。

特にこの前の日曜日は8軒周ってお宅に上がれたのが2軒、会えたのが3軒とけっこう多くの人に会うことができました。
残念にも未だ今回の戦いの主戦場には行けてませんので、今月末には交流してくる予定です。

こういう行動のなかで、仕事の顧客からパソコンが要らなくなったのでもらって欲しい、との思いがけない申し出がありました。
生徒さんのために使って欲しいとのことです。

意外にも、ペンティアムのデュアル・コアCPUで、HDDも300GBの大容量という、なかなかのスペックのデスクトップPCなのです。
1枚目の写真がその今回いただいたデスクトップです。
2枚目はなんとプリンタまでついてきました。
3枚目は、昨年からずっと使っているノートPCです。







「よからんは不思議、悪からんは一定と思え」
「ほむれば弥弥功徳まさる」
ですから、小さなことでも良い体験はきっちり記録していきたいと思います。

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死魔に勝つ

三障四魔とはご存じの通り合計7つの障魔です。

煩悩障
業障
報障
煩悩魔
陰魔
死魔
天子魔

この中に「死魔」というのがあります。
これは法華経実践者自身が命を絶たれて、仏道修行が出来なくなる障魔です。
第六天の魔王が手下を使ってあらゆる障害を為して、信心を退転させようとするのですが、それらを一切寄せつけないので、今度は命そのものを狙ってくる、のが死魔です。

そして死魔のもう1つの側面は、学会員の不慮の死などによって、それを見た学会員が動揺し、信心が揺らいで退転させようと図る場合があります。
つまり、文字通り自身の命が絶たれる場合と、人の死を見て信心を妨げられる場合の2通りがあるのです。

人の死を悼む心情も、自分の死への恐怖も、人間として誰もが普通に持っている自然な感情です。
御書の随所に大聖人は、身内を亡くした門下に、これほどまでにという位、同苦の限りを尽くし励ましを送られています。

死を恐れ回避することにより、私たちは命を守り生存し続けていけます。
誰しもいずれは死が避けられず、死後も続く生命の永遠性を、意識するとしないとに関わらず信じているからこそ、今世の今の瞬間の生を充実させようと努力します。

死から目を背けて覆い隠したり、いたずらに忌避し恐れるだけであれば、人生を消極的にし様々な問題や悪徳さえ生み出してしまう恐れがあるのです。
戦争や生命軽視といった現代の病弊【びょうへい】の根っこには、死から目をそむけ真正面から取り組んでこなかったことに原因があると、池田先生は仰っています。

三障四魔

御書にも、
「まず臨終のことを習った後に他事を習うべきである」
とのご指南もあります。
「臨終正念」「臨終只今」の他に、先生がハーバード大学で講演された「生も歓喜、死も歓喜」という日蓮仏法による画期的な智慧をご指導されています。

創価の信心を貫いて亡くなった方々は、どのような亡くなり方であったとしても、1人も残らず最高の常楽我浄の仏の境涯を三世にわたって開いていくことができるのです。
そして題目の光は、例え地獄界であったとしても、届かない所は無い、という絶対の力があります。
信心しているかしていないかに関わらず、亡くなったあらゆる方々に廻向し供養する、唯一最高の正しい方法が、創価の南無妙法蓮華経の題目なのです。

「三障四魔と申す障り出で来れば、賢者は喜び愚者は退く、これなり」
とのご指南の通り、死魔をも恐れず粉砕・克服していく勇気と賢さ漲【みなぎ】る信心を、改めて銘記していきましょう。

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