箴言集(3)

「生命あるかぎり、希望はある」
―――スペインのセルバンテス

「ベストを尽くせばいいんだよ。それ以上のことは、だれにもできはしないのだから」
―――20世紀最大の歴史学者トインビーが、入学試験で両親から励まされた言葉。

「大病と浪人(失業)と入獄を
したことのない男は、一人前じゃない」
―――”電力の鬼”と言われた松永安左エ門

「偉大な理想に生きることのない人生は無益である。
それはまるで、いかなる建築にも使われず、
野原に無駄にころがっている石のようなものである」
―――ホセ・リサール

「人間が偉大になればなるほど、中傷の矢【や】に当たりやすくなる。
小人【しょうにん】には中傷の矢さえ当たらない」
―――ドイツの詩人・ハイネ

『魚を与えるのではなく、釣り方を教える』のが教育です。
自分で考える能力を学生に教えるのです。
―――カナダのルネ・シマー博士

試練を受けた心情と知性だけが
最良の実【み】を結び、他は結ばない
―――イギリスの思想家ラスキン

ひとよ、そびえたつその山がいかに険しかろうと
燃えるおまえの熱情がめざしたからには
おそれてはならない
のぼれ、そのさきをよりたかく
―――ベルギーの詩人ヴェルハーレン、『世界名詩集大成3』/平凡社

「人間を評価するのに、
ただ着物か地位だけからするならば、
それは大馬鹿者です」
―――ローマの哲学者・セネカ

一を植えて十の収穫があるのは木材、
一を植えて百の収穫があるのは人材である
―――中国の古典『管子』から

「嫉妬もされないような人間はたいした人間ではない」
「古今東西、偉大な仕事をなした人物は、例外なく嫉妬による悪気流を
半ば宿命づけられ見事にそれらに打ち勝って偉大な事業をなしている」
―――池田先生(趣旨)

墨【すみ】で書かれた戯言【たわごと】は、
血で書かれた事実を、決して掩【おお】い
かくすことはできぬ
―――魯迅(中川俊訳)

一度も不幸な目に会ったことがない人間ほど不幸な人間はない。
なぜかならば、それは一度も自分を鍛える機会が無かったということだからだ。
―――セネカ

「あなたを救う唯一の道は
――――他者を救うことだ」

「優しさと親切は、弱さやあきらめの
しるしではない。強さと果断のしるし
なのである」

「あなたの子どもたちは
あなたのものではない
彼らは生命そのもの
あこがれの息子や娘である
彼らはあなたがたを通して
生まれてくるけれども
あなたがたから生じたものではない
彼らはあなたがたと共にあるけれども
あなたがたの所有物ではない」
―――レバノンの詩人

勝ちとることが むずかしければ
むずかしいほど、勝利はいっそう
甘味(かんみ)であり、永久だと、
わたしは心から信じている
―――女性作家モンゴメリ、『赤毛のアン』の著者

ほんとうに肺腑(はいふ)から出たものでなければ、けっして心から心へはつたわらぬ。
―――ドイツの文豪、ゲーテ

「宗教無き政治は
国家の首を吊(つ)る
ロープである」
―――インド独立の指導者ガンジーの言葉

「宗教なき科学は不具(ふぐ)であり、
科学なき宗教は盲目(もうもく)である」
―――20世紀最高の科学者、アインシュタインの言葉から

ここに紹介した言葉はほとんどが、聖教新聞なかんずく先生のスピーチ等で引用されていたものです。まるで言葉のごちそうですね。すごい新聞です。つくづく聖教新聞は世界一の新聞だと思います。

 

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箴言集(2)

●寸鉄から

有能な者は行動するが、無能な者は講釈ばかり――作家(バーナード)。動けば必ず前進が。(15-7-18)

努力する人は希望を語り怠ける人は不満を語る――作家。我らは挑戦の人と。(15-9-12)

●名字の言から 15-9-22

船が波涛【はとう】を越える際の鉄則は、船首で波を受けるようにして、真っすぐ進むことだという。避けようとすれば横波を受け、かえって転覆してしまう恐れがあるからだ。

「信心も同じです。真っすぐに。それがあれば、怖いものなしです」。1等航海士として働き、波涛会の草創を支えた友が語っていた。入会した半世紀前から、日々2時間の唱題を欠かさない。その中で幾多の自然の嵐も、がんなど人生の嵐も突破してきた。

御書に「いかに強敵重なるとも・ゆめゆめ退する心なかれ恐るる心なかれ」(504㌻)と。何があろうが信心で勝つと決める。この真っすぐな決意で、我らも〝人生の波涛【はとう】〟を勝ち越えたい。

●体験のページから(‘08年3月10日付)

一流と言われる会社にいる人が、一流なのではない。「一流の人間」が働いている会社こそ、どこであれ、何であれ、一流なのである。
(池田先生のスピーチから)

●SGI会長のスピーチから(‘08年3月13日付)

「人間は『批判する者』と『創造する者』とに分けられる」

(ロシアの芸術家ニコライ・レーリッヒ)

●’79年11月2日  創大祭オープニングセレモニーでの池田先生のスピーチから(『創立者の語らい[Ⅱ]』P.10)

ペッチェイ博士は71歳。牢獄にも入り、死刑囚にもなった。(中略)レジスタンス運動で7万名の犠牲者を出した。逃げたり、隠れたり、追われたり、闘ったりそれは大変だった。しかし、今は自分の予見どおりに時代は変わった。本当にうれしい。けれども7万人の人が銃殺され、拷問され、道端で射殺され、それは大変だった、といっていた。

自分も牢獄に行き、多くの同志も牢獄に行き、それで戦争も終り、後になって我に返って感づいたことがある。普段いわゆる傲慢であったり、横暴であった人間は全部人を裏切った。皆の前では煽動【せんどう】や人気取りはうまいけれども、いざという時弱い。牢獄というところは、大変なところだ。そこで本当の人間がわかる。

普段謙虚な人ほど、そういう人生の土壇場の土壇場の、極限の極限のときに平然として、光を放っていたというのです。私も”なるほど人というのは表面ではわからない”と思いました。あの人は愚直だ、あの人は非常におとなしくてもっとしっかりしてもらいたいと思うような人が、むしろ、謙虚で力があり、発条【ばね】があって正義を貫く場合があるということを再発見した次第だ。

本当はこういう経験を踏んだ人でなければ偉大な人生の深みはわからない。偉大な人生の深みがわからない人がどうして大勢の人々の心をつかめるか、私はこういう気持ちでペッチェイ博士の話を伺い感慨を新たにしました。

 

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箴言集(1)

●内村鑑三 著『聖書之研究』から

「日本人には、ダンテは、わからない」

「日本人は浅い民(たみ)である。喜ぶにも浅い。怒(いか)るにも浅い。」

「(深く怒らない者には)ダンテも、ミルトンも、ワーズワースも、わからない」

「彼らは『深く静かに怒ること』ができない。まことに彼らは、『永久に深遠に怒ること』が、いかに正しく崇高なことかさえ知らない」

「彼らの中からは、偉大なものは、何も起こらない」

 

 「人間の相場の上がり下がり」 勝海舟の言葉 『氷川清話』から。

おれなど生来(うまれつき)人がわるいから、ちゃんと世間の相場を踏んでいるよ。 上がった相場も、いつか下がるときがあるし、下がった相場も、いつかは上がるときがあるものさ。 その上がり下がりの時間も、長くて十年はかからないよ。 それだから、自分の相場が下落したと見たら、じっとかがんでおれば、しばらくすると、また上がってくるものだ。

大奸物【だいかんぶつ】・大逆人の勝麟太郎も、今では伯爵勝安芳様だからのう。 しかし、今はこのとおりいばっていても、また、しばらくすると老いぼれてしまって、つばの一つもはきかけてくれる人もないようになるだろうよ。 世間の相場は、まあこんなものさ。 その上がり下がり十年間の辛抱ができる人は、すなわち大豪傑だ。

おれなども現にその一人だよ。 おれはずるいやつだろう。 横着だろう。 しかしそう急【せ】いても仕方がないから、寝ころんで待つが第一さ。 西洋人などの辛抱強くて気の長いのには感心するよ。

 

’83年11月4日  第13回創大祭オープニングフェスティバルでの池田先生のスピーチ(『創立者の語らい[Ⅱ]』P.82)

 第三点目に申し上げたいことは、ともかく心優しく、心強き人になっていただきたいということです。人間社会は大勢の人と人のつながりです。個人主義で、エゴで、一人でいれば自由でいいかも知れませんが、それはもはや自分自身の妥協であって勝利者とはいえない。また心強き人でなければ大勢の人を守り、そしてまた導くことはできない。

ご存知のように、私もそれこそたくさんの中傷、批判をうけた。普通だったら狂人になるか、退転か、社会から抹殺されるか、自殺か、病気か、絶対に耐えられるものではないといった人がおりましたが、しかし、私は変わりません。私は返っていろいろなことを経験できて、喜んでいる。全部勝っております。

結局、時とともに正邪がはっきりすることである。諸君もどんなことがあっても、その苦労、苦難というものを大なり小なり乗り越えていくような強い人間になってもらいたいのです。

 

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