ナレッジ・マネジメントと暗黙知

経営学について学び続けてもう10年近くなりますが、経営には様々なフレームワーク(分析ツールや思考の枠組み)があります。その1つがナレッジマネジメントと呼ばれるものです。ナレッジ(knowledge)とは知識のことです。

暗黙知を形式知に変換することにより、組織変革やイノベーション(技術革新)を促し、新しい価値を創造しようとするのがナレッジマネジメントです。

ではここでいう暗黙知や形式知とは何でしょうか。「暗黙知」とは、言葉で表現しにくい主観的なノウハウや信念といった、他人に伝達することが困難な知識です。一方、「形式知」とは言語化可能で文書や言葉で表現できる客観的な知識です。マニュアル化できるのが形式知で、できにくいのが暗黙知と考えて差し支えないでしょう。

一般に「暗黙知」よりも「形式知」のほうが多く利用されており、一説には、
「人が有する知識のうち80%は暗黙知で、残りの20%が形式知である」
といわれています。つまりは、企業がいくら社員の知識を活用しているといっても、それはわずか20%の知識でしかない、ということになります。

よく「知恵と知識を混同してはいけない」 あるいは「いわば『知識』はポンプ、『知恵』はポンプによって得られる水です。水を使えなかったら、ポンプに意味はない。また、『知識』という、ポンプなくしては『知恵』という水も十分には得られない」とのご指導があります。ある意味でその「知恵の領域」に踏み込んでいくのが、暗黙知でありナレッジマネジメントなのかもしれません。

→暗黙知と形式知

→ナレッジマネジメントと暗黙知

 

特に2つ目のリンク先ページを下にスクロールすると出てくる、「高齢社員のスキル移転」という項が興味深いと思います。
(H28.11.4 加筆・修正しました)


 

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真の人生の目的とは

『青春対話』の「いい大学へ行って、どうなるの」から抜粋します。
(ハードカバー版『青春対話』p.67~)

 「いい大学へ行って、どうなるの」
 木村 今の日本の価値観は「いい学校」に行って、「いい会社」に行くことがすべてというか、「人間として」という観点は、ほとんどないように思います。
井桁 「エコノミック・アニマル」とか、「カネ、カネ、カネの日本」とも言われていますね。
 名誉会長 しかし、それでは世界に通用しない。軽蔑されるだけです。
 有名な話だが、こんな話がある。ある日本のビジネスマンが南太平洋の島に行った。すると少年たちが、砂浜でのんびり寝ころがっていた。
 ビジネスマンは「昼間から、ぶらぶらしていないで、早く学校へ行って勉強しなさい」と言った。
 すると少年たちは「何のために学校へ行かないといけないの?」と。
 「学校へ行って、しっかり勉強して、いい成績をとるんだ」と言うと、「いい成績をとると、どうなるの?」と少年たちは聞く。
 「成績が良ければ、いい大学に入れるじゃないか」「いい大学へ行って、どうなるの?」「いい大学を卒業したら、いい会社に入れるし、いい役所にも入れる。給料も高くなるし、いい結婚もできるかもしれない」
 「それで?」「いいうちにも住めるし、楽しく暮らせる」
 「それから?」「定年まで、しっかり働いて、子どもも、いい学校に入れるんだ」
 「それから?」「それからは、もうどこかの暖かい所へ行って、毎日のんびり暮らすのさ」
 すると少年たちは、「そんなことなら、そんな先まで待たなくても、今、ぼくたちがやっていることだ」と(笑い)。
 要するに、人生の目的が「楽に暮らす」ということなら、別に学歴もいらないし、あくせく勉強する必要ないじゃないかというのです。

 何のための勉強
 名誉会長 「何のために学ぶのか」「何のために生きるのか」「何のための、お金なのか」。いい学校へ、いい会社へと、先へ先へ追いかけていっても、それだけでは「幸福」はない。ただ安楽に暮らすためだけなら、必ずしもそんな苦労をする必要はない。
 しかし本当は、勉強は、有名な大学に行くためにあるのではありません。自分自身の頭脳と心を耕すためにある。自分自身が豊かな人間になって、「生きた証」を、この世に刻みつけるためにある。自分でしかできない自分の使命を果たすのです。不幸な人のために働くのです。そのためには「力」がいる。「人格」がいる。だから「努力したほうが得だよ」というのです。

この説話は単なる笑い話で片付けられない、大事な意義があると思います。誰しも陥りやすいが、その実態は浅薄でしかない目的観が示されています。逆説的に、真の「人生の目的とは何か」を痛切に訴えかけています。今日、久しぶりに1人の同志の友人と種々語り合い、思い出した指針です。

『青春対話1と2』 『希望対話』 『希望の翼』の本は、仕事で関わった生徒と、何度繰り返し読み返したか分かりません。特に『青春対話は』ボロボロになる度に買い替えて、それこそ何度も何度も何度も何度も生徒さんと読んだものです。


 

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向学心やみ難し

ヤフー・オークションやアマゾンというサイトでは、放送大学等の大学課程のテキストが廉価【れんか】で手に入ります。1冊2,000~3,000円以上するテキストが、安い時には中古で500円位で買える場合もあります。この十年以上で買い溜めたものが放送大学に限っただけでも、30冊を超えました。

放送大学テキスト-01

放送大学テキスト-02

上の2枚の写真で背表紙(題名)を紹介しました。写っている本だけで35冊になります。この中で読了したものは半数にも達しておりません。言い訳ではありませんが、教科書ほど読みにくいものはありませんね。買った当初は入手できた高揚感さえあるのですが、読み進んでいくためのモチベーションを持続するのがなかなか難しいです。

ちなみに放送大学は私は一度も在籍したことはありません。若い人だけでなく、広く社会人に門戸を開いた大学であること、テキストが広く出回っていて入手しやすいことから、多くを保有するようになりました。さらに特筆すべきは、放送大学テキストは大学院のテキストも入手可能なことです。写真の中では、青色の背表紙の4冊が大学院のテキストです。

高専で電気工学を卒業し、創大で教育学部を卒業しましたので、今まで2つの学校で使ったテキストは150冊を超えるのではないかと思います。しかし高専でも創大でも、教科書を全ページ読了したということは一切ありませんでしたので、読了したものが何冊もあるというのは、自分の中ではある意味で凄いことだと思っています。

人にものを教えることが、自分の場合、生業の半分以上を占めていますので、自分自身が学び続けることが、半ば宿命であり使命だと思っています。つくづく思うのは、どんな分野もその一つの分野は、究めていこうと思えば奥が深いものです。そこで1つの分野を概観し体系的に把握するためには、大学のテキストを読むことは、良い入門になると思うのです。

余談の余談ですが、最近、日本大学の通信課程の博士前期課程の案内を取り寄せてみましたが、学費が入学金を合わせて年間約100万円というのは自分にとって高過ぎです。何回か各所の通信制大学院の案内を取り寄せて、「学費高いな~」とため息をつくことを数年おきに繰り返しています。

「祈りとして叶わざるなし」の御本尊があるのですから、どんな願いも自由自在なのですから、祈って行動していけば叶わないことはないです。本当に進学したいのかは、今のところそんなに強い思いではないようです。

世の中は高度情報化が進むとともに、あらゆる分野で複雑化し、学校教育等で過去に学んだことが、短い年数で陳腐化してしまうそうです。苦労して身に着けた学問の基本能力や向学心は、一生ものだと思いますので、そうした土台の上に常にブラッシュアップしていくことは「生涯教育」の上でも大切なことです。

 

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国家試験7度目の結果

昨年8月に国家試験7回目挑戦しました。
とくに今回は芳【かんば】しくない結果だったので、ここでは触れないようにしてきました。
しかし半年が経過し、いつまでも放っておく訳にはいかないので、振り返りを行ない、気持ちの整理をできればと思います。

7回目の今回は、「経営情報システム」1科目のみ科目合格していますので免除となり、合計6科目を受験しました。

1.経済学・経済政策
2.財務・会計
3.企業経営理論
4.運営管理
5.経営法務
6.中小企業経営・中小企業政策

とくにこの内、「財務・会計」と「経営法務」が各々40点以下と余りに酷い点数でした。
逆にあともう少しで科目合格に届きそうだったのが、「運営管理」と「中小企業経営・中小企業政策」でした。

6科目全体では約46%の得点となり、1次合格には15%程度足りていない結果となりました。

専門学校生などの受験体験を見ると、1次試験は案外、2~3回で合格していく人が多いようです。
いくら独学のうえ、50歳になり頭脳の固い自分とはいえ、7回も受けて1~2科目の合格がやっと、という現状にあります。

この試験の本当の難しさは2次試験であるのに、7回受けてその土俵に上がることすらできませんでした。

1次の合格率が約20%で、1次合格者が受験する2次はさらに合格率約20%なのです。
つまり、
0.2×0.2=0.04=4%
が1次2次ストレート合格する場合の合格率となります。
旧・司法試験が2~3%程度ですから、それに匹敵する位の難しさです。

ともかく、この試験の本格的困難は2次試験に待っているのです。
もちろん2次の対策も少しずつ行なってはいますが、未だ1度も受験資格さえ手にできていないのが、厳しき現実です。

試験問題を作る先生たちも、一定の割合で落とすことを狙って問題の難易度を保っている訳ですから、早い話が「甘い」試験ではないことが、だいぶ身に染みて分ってきました。


ここまで悲観的材料を並べ立てましたが、良い材料もあります。
まず、テキストや問題集を完全読了したものは10冊、総ページ数2,750ページにのぼります。
途中まで読んだページを全て含めると、合計4,000ページを超えるでしょう。

書いたノートも大学ノートで4冊目に入りました。
こちらは4冊位ではまだまだ足りないとも思います。

ともかく、倦【う】まず弛【たゆ】まず努力を継続するしかありません。
最近では合格者の良質の体験書籍を参考にしながら、学習法を常に見直し改善・進化させることも心掛けています。

結果は厳しいものがありますが、こうして負けないで挑戦を続けられることに、様々な意味で、創価の信仰が根本にあるからこそであり、深く感謝しています。
あとは、勝利の報告を先生と恩ある人々にしていけるよう、そして後に続く同窓生の道を切り開いていけるように、また新たな清新な心で前進してまいります。

(平27年2月26日修正)

 





 

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人の用い方

『人の用い方』という本を読了した。
全593ページで定価10,100円という高額な本だ。

筆者は埼玉銀行に14歳で入行し、20歳で父親の莫大な借金を背負うことになる。
幾多の艱難辛苦を乗り越え、刻苦勉励し画期的な業績を打ちたて、経営陣の1人となる。
その後、多くの会社再建に尽力し、短期間に無借金の超優良会社に甦らせる。
名経営者としての評判が高い。

いくつか印象に残った部分を、最後半部分からのみであるが抜粋してみたい。
私のもう1つのHPにジャンプする。

→印象に残った部分




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