夢は実現する!

夢はあたかも闇夜の北極星のようなもの。夢はカーナビゲーションに目的地をセットするようなもの、と私は考えている。

最近の若者に「あなたの夢は何ですか?」と聞くと、とても夢とは思えない答えが返ってくる。時には、夢そのものが無い、という若者さえ少なくない。

先行きの不透明さが増す現代は、夢も希望も持ちにくい時代なのだろうか。それとも、現代の人々には、現実が余りにも見え過ぎてしまっているのだろうか。

大学の研究者に聞くと、先が見える頭がよい人は研究には向かないそうである。
「こんなことをやったって無駄だ」
「こんな可能性の低いことを研究して、何十年を棒に振るのはご免だ」
と諦めが先に立ち、研究そのものがスタートできないからだ。

その意味では、97%ダメでも残りの3%にかけてみようと、何十年も持続できるには、先が見えない程度には頭の悪さが必要だというのだ。

企業において商売上の儲かる木も、最初の種の内は、上の例のようにわずかの可能性しか無いかもしれない。それでもそこに賭けてみてまず始める勇気、いざ始めた後も苦しくてもめげそうでも、成果をつかみ取るまで続ける根性が必要だ。ある意味、馬鹿になってやってみようとしなければできない。とにかく種を植えて肥料や水をやって育てなければ、ただ計算やシミュレーションだけをどれだけ繰り返しても、収穫は永久に得られない。

種を植える前のステップが夢見ることであるなら、この夢を見るということがどれほど大事なことか。例えば、今、あなたがこの文章を読んでいるパソコンについて考えて欲しい。パソコンというものがこの世に初めて誕生した時に、それはいつどこに出来たかご存知だろうか。

それは、「これこれこういうものが、あったらいいなぁ」と夢見た人の頭の中に、世界最初のパソコンが出来上がったのだ。あとはそれを現実化し商品にまでしていくプロセスが続くだけである。

大昔の帆船が、真っ暗闇の中でも北極星を目指して進んだように、そして目的地に無事到着できたように、夢は目的地に連れていってくれる。現代のカーナビゲーションが、目的地をセットするだけで、音声と映像により至れり尽くせりで案内してくれるように、どんな長距離であってもどんなに複雑な道順であっても、迷うことなく到着することができる。

「思考は現実化する」という有名な言葉があるが、「夢もまた現実化する」のである。そして忍耐強く一歩一歩あゆみを進めていけば、千里の道も行けるように、世のため人のため自分のためとなる夢はたいていの夢が叶えることができるのである。

レオ
(私が4年半前に書いた文章です)

 

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心の壁を取り払え!

既成概念    -きせいがいねん
固定観念    -こていかんねん
先入観      -せんにゅうかん

といった言葉がある。それぞれの意味はここでは省略するが、この3つとも、往々にして我々の行動を縛ることがある。特に環境の変化が大きい場合に、この3つにとらわれ過ぎると、適切な行動が取れず失敗を繰り返してしまいます。

既成概念とは常識です。常識的な発想の範囲から抜け出せなければ、変化に対応もできませんし、独創的なものを生み出すこともできません。

固定観念とは、知らず知らずの内に沁みついた経験です。物事を為すに当たって、勝手に決め付けている考え方、とらわれているクセです。

先入観とは、人や物事を見るに当たって、無意識にフィルターを通してみているのです。フィルターによって一定のバイアスがかかり、歪んだ映像を見ていることになります。先入観は、先に得た少ない情報にとらわれ、対象をありのままに正確に認知できていない状態とも言えます。

環境が大きく変化した場合、または自ら大きな変革を起こそうとする場合に、これら3つが障害物となって前進を妨げてしまうのです。町おこし において大きく力を発揮する存在は、

若者
ばか者
よそ者

と言われるそうです。なぜなら、こういう人たちは、上に挙げた3つの欠点が無いからです。

「若者」は、頼るべき経験がそもそもありません。「ばか者」は、時として足かせとなる知識も知恵も持っていません。「よそ者」は、その土地について無知で、余計なしがらみがありません。

つまりこの3者は、既成概念、固定観念、先入観に縛られることなく、自由自在に活躍しやすい素地があるのです。これは何も町の復興だけでなく、個人の行動にも言えることだと思います。

いかに私たちが、1つの行動を起こすに当たって、胸中に作ったそれら壁の前で、逡巡(しゅんじゅん)し諦めていることか。特に悲観的な傾向の人や、自己肯定感の低い人は、これら3つの壁も分厚く高い壁となって立ちはだかります。

諦めの習慣が身につくと、簡単にできることさえ不可能にしてしまいます。サーカス団に買われた子どもの象を思い浮かべてください。小象は杭(くい)につながれますが、そこから逃げようと何千回、何万回も杭を引き抜こうとします。しかし杭を抜くには非力なため抜けません。鎖が肉に食い込み、血が噴出すまで、杭を抜く必死の努力を繰り返します。

こうして成長した象は、小さな杭によってつなぎ止められています。抜こうと思えば簡単に抜ける大力があるにも関わらずです。

このサーカス象の例が、既成概念・固定観念・先入観というものに、我々がいかに縛られているかということに気付かせてくれます。では、これらの壁を打ち壊すものは何でしょうか。それは強い意志に基づいた楽観主義です。究極のポジティブ志向により、1つ1つの壁を崩し撤去する作業が必要です。それは希望を創り出す一歩一歩となるのです。

レオ
(5年前に私が書いた文章です)

 

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燃え尽き症候群の効用

 「燃えたよ……まっ白に……燃えつきた……まっ白な灰に……」

アニメ・あしたのジョーのラストの言葉だ。一般には「燃え尽き症候群」とは異常な疲労感と、目的の喪失を指すと捉えられがちである。しかし燃え尽きには何の効用もないのであろうか。それを少し考察してみたい。

燃え尽きるまでやり切ったということは、1つのことに長期間、徹底して全力で打ち込んだという証であると言えないだろうか。できることを全てやり切り、一点の悔いもない心境とも言えよう。

さらに燃え尽きとは、その仕事や事業、学業などの、ある意味で「卒業の時」とも言える。もうそのことに拘泥【こうでい】したり翻弄【ほんろう】されることもない。一定の距離を置いた自由な立ち位置から見つめ直すこともできる。必要に応じて新しいことのために、経験を使いこなしていくこともできる。

燃え尽きたというサインの最後の利点は、行動の再出発を可能とすることである。燃え尽きたということに悲しみ、落胆してはいけない。燃え尽きは今まで打ち込んで来た仕事の修了という1つの節目である。と同時に、新たな物事を始める再スタートの時なのである。

燃え尽きたと言っていつまでも落胆せずに頭を上げよう。  燃え尽きはゴールでは決してないのだ。あなたの目の前には、わくわくするような新たな冒険への扉が開いたのだ。ひとまず自分に、とびっきりのご褒美をあげよう。充分な心身への休養を取り、英気を養ったならば、また未知の航路に出発しよう。

レオ
(私が3年前に書いた文章です)

 
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カリスマと実務家

カリスマだけでは組織は成り立たない。
実際に仕事をするのは実務家である。

人はカリスマに憧れを持つ反面、実務家を軽んじ嫌う。
だが、陰で黙々と己が使命を果たす実務家が居てこそ、
広布の進展もある。
広布の実務家よ、無眼に涌出せよ!

実務家は人の心を掴むことはそれほど得手ではないであろう。
人間関係の潤滑油たるユーモアも苦手かもしれない。
上から号令を掛けることよりも自分が汗することを好む。
人前で目立つことを嫌い、縁の下で黙々と支えることを好む、
地味と言えば地味な存在かもしれない。

端から見れば物足りないほど愚直な存在かもしれない。
要領が悪く長期の下積みに沈んでいるかもしれない。
しかしあなたは、人が嫌がることを、
「はい、喜んで」と引き受ける、
広布の真の隠れた勇者である。

そんな実務家に私は好感を持つ。
あなたあってこそ、組織は音を立てて回転を続ける。
例え目立たぬ路傍の一輪のような存在であっても、
現実に唯一の和合僧を厳然と護持しゆくあなたに、
拍手と喝采を贈りたい。

そして私も我が使命の道で今日も明日も、
人知れず陰徳を積みゆく無上の歓喜を、
あの友この友に教え伝えたい。

レオ

(H29.1.13 加筆・修正しました)

 

 

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村山聖(2)

邦画『聖の青春』が話題ですが、北海道では札幌か旭川まで行かないと上映されておらず、未だに見ることができていません。札幌まで出るとなると1日がかりになります。お陰様で仕事等に多忙ゆえに、たぶん見に行けないと思いますので、早過ぎですがDVDレンタル開始が待ち遠しいです。

 

『聖の青春』は小説も、コミックも全巻持っており、十年以上前に読了しています。

 

先ほど確認したところ、地元市の映画館でも上映が始まりました。早速、時間ができ次第、見に行きたいと思います。
(H29.1.1 加筆・修正)

 

 

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