若き日の日記 他

最近拝読した御書と若き日の日記から、特に感銘した箇所を紹介致します。最初に日記の方から、次に御書を抜粋します。

●池田大作全集第36巻 「若き日の日記(上)」p.416

組織が邪魔に思える場合がある。しかし、組織が無ければ、学会も、個人も、信心も、ばらばらになり、所詮、最大の不幸となることを知る。組織をきらう人は、我儘(わがまま)な、我見の、信心出来得ぬ人と断定出来る。異体同心とは、最高、最優秀の組織必要論である。

 

●新池御書p.1443

此の経の信心と申すは少しも私なく
経文の如くに人の言を用ひず
法華一部に背く事無ければ仏に成り候ぞ、

仏に成り候事は別の様は候はず、
南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば
天然と三十二相八十種好を備うるなり、
如我等無異(にょがとうむい)と申して
釈尊程の仏にやすやすと成り候なり、

譬えば鳥の卵は始は水なり
其の水の中より誰か・なす・とも・なけれども
觜(くちばし)よ目よと厳(かざ)り出来て
虚空にか(翔)けるが如し、

我等も無明の卵にして・あさましき身なれども
南無妙法蓮華経の唱への母にあたためられ・まいらせて
三十二相の觜(くちばし)出でて
八十種好の鎧毛生(よろいげ・おい)そろひて
実相真如の虚空にかけるべし、
(中略)

有解無信(うげむしん)とて法門をば解(さと)りて
信心なき者は更に成仏すべからず、
有信無解とて解(げ)はなくとも
信心あるものは成仏すべし、

皆此の経の意なり私の言にはあらず
されば二の巻には
「信を以て入ることを得 己が智分に非ず」
とて智慧第一の舎利弗も
但此の経を受け持ち信心強盛にして仏になれり
己が智慧にて仏にならずと説き給へり

 

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一年で300万遍達成

今年1年間でちょうど唱題300万遍達成しました。年間のペースとしては自己最高記録となりました。広布の戦いにおいては、全て自己の限界突破の戦いをすることができました。自分らしく戦い切り、無事故・健康に一年を締めくくれるのが最大の功徳です。

来年こそは一枚も二枚も壁を突破して、折伏の結果をもぎ取っていきます! そのためにも、今年以上に一念強き題目をあげにあげて、法を聞かせる聞法下種の実践から徹底してやり切っていきます! ではまた恒例の御書拝読を致します。

問うて云く凡そ仏法を能く心得て仏意に叶へる人をば世間に是を重んじ一切是を貴む、然るに当世法華経を持つ人人をば世こぞつて悪(にく)み嫉(ねた)み軽しめ賎(いやし)み或は所を追ひ出し、或は流罪し供養をなすまでは思いもよらず怨敵(あだ・がたき)の様ににくまるるは、いかさまにも心わろくして仏意にもかなはず・ひが(僻)さまに法を心得たるなるべし、経文には如何が説きたるや、

答えて云く経文の如くならば末法の法華経の行者は人に悪まるる程に持つを実の大乗の僧とす、又経を弘めて人を利益する法師なり、人に吉(よし)と思はれ人の心に随いて貴しと思はれん僧をば法華経のかたき世間の悪知識なりと思うべし、此の人を経文には猟師の目を細めにして鹿をねらひ猫の爪を隠して鼠をねらふが如くにして在家の俗男・俗女の檀那(だんな)をへつら(諛)い・いつわ(偽)り・たぼら(誑)かすべしと説き給へり
(法華初心成仏抄p.555~)

世間の過失が一分も無いにも関わらず、法華経ゆえに悪口を言われたり迫害を受けるのは、正しい実践をしているからこそ、であるとの仰せです。ここで言う「実の大乗の僧」とは、世界で唯一正しく法華経の肝心を実践している創価学会(員)です。三類の強敵に怨(あだ)まれ、それらと戦い打ち破ってこそ、真実の法華経の行者なのです。

妙法蓮華経の徳あらあら申し開くべし、毒薬変じて薬となる妙法蓮華経の五字は悪変じて善となる、玉泉と申す泉は石を玉となす此の五字は凡夫を仏となす、されば過去の慈父尊霊は存生に南無妙法蓮華経と唱へしかば即身成仏の人なり、石変じて玉と成るが如し孝養の至極と申し候なり
(内房女房御返事 p.1423~)

二つ目の御書は、「変毒為薬」の法門を通して、南無妙法蓮華経には凡夫を仏となす功徳力があること。あなたの亡き父は生きていた時に、信心強き我が子からの勧めによって題目を唱えられていたのだから、即身成仏していることは疑いがないことをご断言されています。

本年も多くの方々から励ましと応援、ご指導ご鞭撻を頂き、深く感謝申し上げます。では皆さま、よいお年をお迎えください。

(平30.1.2 加筆・修正しました)

 

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2000万遍達成

今年だけで唱題が250万7千遍になりました。9年連続で200万遍達成することができ、今のペースでの挑戦を始めたこの8年10カ月で、合計2000万遍あげることができました。ちなみに1000万遍を達成した時の記事を以下にリンクします。

→1000万遍達成の記事

学生部時代に再発心してからの32年間をすべて合計すると、4461万遍となりました。では、また先生の唱題に関するご指導を見てみましょう。

今法華経は四十余年の諸経を一経に収めて十方世界の三身円満の諸仏をあつめて釈迦一仏の分身の諸仏と談ずる故に一仏・一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収まれり、故に妙法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり
(唱法華題目抄、13㌻)

妙法は一切を動かす大宇宙の根源の力である。ゆえに、我らの唱題の音声は、十方世界に轟【とどろ】きわたる。届かないところなどない。自行化他の題目に、諸天は舞い、十方の諸仏は歓喜する。万人の仏性を呼び覚ます、無量無辺の功徳力がある。

宿命転換も唱題だ。人間革命も唱題だ。広宣流布も唱題だ。地涌の題目の底力を、今こそ発揮しようではないか!
(御書と歩む 17-10-12付聖教)

2000万遍と時を同じくして、大きな障魔が身近に起きました。動揺がまったく無いかと言えばウソになります。しかし、これも戦っているからこそ、それを妨げようとして起きたものです。また一段と成長し境涯を開くチャンスです。今こそ、地涌の題目の底力を発揮して乗り越えていきます。

何より健康で、仕事に学会活動にと戦えること自体が、最高の功徳です。その上で、年齢からいっても先送りできない課題を、確実に解決・前進させていけるよう、広布拡大の使命を果たす題目を実践し抜いていきます。

 

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初級・青年3級試験の結果

初級・青年3級教学試験たいへんにお疲れ様でした。自分は今回現場で壮年部2名を担当させて頂き、見事2人とも合格されました。

6月末から計12回、毎回約2時間の勉強会を完走しきったメンバー。勤行が持続できていない人でしたが、12回全回で共に勤行・唱題から学習をスタートし、効率よく研鑚を進めることができました。合格の報を届けると、ガッチリと握手を求められ、満面の笑みで喜んでくれました。学習当初に本人が云うには、「約20年、試験を受けずにパスしてきました」とのことで、感慨もひとしおだったようです。もうひと方は大変に努力家のメンバーです。一緒に行なった学習会の回数は少なかったですが、「そこまでやるのですか」という位、徹底してノートに大百の解説を書き写していました。私が作成した問題集にも真剣に取り組んでいました。

このお二人は合格されましたが、なかには結果が出なかった方もいると思います。私自身も、3級では1度苦杯を舐めています。今にして思えば、自分の場合は気持ちのどこかに「逃げ」があり、真剣味が足りなかったのです。その後、境遇において一度どん底を味わうこととなり、「逃げてはいけない! 立ち向かうしかないのだ!」と腹の底から学んだ出来事でした。

今回、不本意な結果だった方々も、一人一人置かれた状況は大きく違ったことでしょう。多忙ななか、何かと大変ななか、受験したこと、受験を決意したこと自体が勝利です。「信心の合格者」と胸を張ってください。結果はどうあれ、「次の勝ちの因を刻んだのだ」と確信してください。大聖人の仏法を学べること自体が、何にもまして最高の福徳なのですから。

話が飛んで私事にもなりますが、今回の学習会をやり切った最終日の丁度翌日から、大きな仕事を受注することができました。突然の支援の戦いと重なって多忙を極めていますが、充実した日々を過ごしています。

御書にある通り、仏法を学べば学ぶほどいよいよ信心に励む人こそが、本当の求道心ある人です。合否を超えて、今回の試験を受験した人も担当者も、題目の応援をしてくれた人も、全員が地域に広布拡大の波動を起こしていきましょう。

 

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御書の全編拝読

初級・青年3級試験日が迫って来ました。今回、受験する方々はもちろん、担当者や題目の応援をされている方々も、大変にお疲れ様です。無理をし過ぎたりして、風邪など引かれませんよう、ベストな体調で試験当日をお迎えください。

さて表題の「御書全編拝読」についてです。多少気が早いですが、今回見事に合格された方は、御書の全編拝読に挑戦を開始されることを提案させて頂きます。たぶん、「必ずしも全編拝読は必要ない」との批判意見もあるかもしれないことを承知で言うのですが、御書研鑽の目標の1つとして、ぜひ全編拝読に挑戦して頂きたいのです。

自分も全編拝読は2回を終え、いま3回目を行なっています。最初の時は、とにかく漢字が読めず苦労しましたが、2回、3回と拝読し続けてくると、だいぶ意味も取れるようになり、ご抄ご抄に込められた大聖人の御心や弟子門下の人々、登場人物などの心情も理解しながら、実感をもって拝読できるようになってきたかなと思います。さらに、私の3回にわたる全編拝読は、全て声に出して音読しています。加えて、重要部分や感動し印象に残った部分には線を引きながら拝読しています。

漢字については最初は、どうしても分からない場合、とりあえず仮の読み方でよいと思います。その自信のない読みでも、そこで中断させることなく、全体の意味を把握することを優先して、読み進んでください。そうして我慢して拝読を進めると、振り仮名が振ってある箇所に出会って、「こういう読み方だったんだ」と強烈に記憶に焼き付けることができます。ですから、最初は余り厳密に正確に読むことにこだわり過ぎないで、全体の大意を掴む読み方でよいと思います。

もう1つの全編拝読のコツは、前半の論文調の御書と、後半の御手紙を交互に読み進めることです。なぜかというと、御書の最初のページから読み進めると、論文調が多く、難解な御書がしばらく続きますので、どうしても挫折しやすいのです。ですから、後ろ半分の御手紙と交互に読めば、難解さが軽減され、無理なく拝読を進めることができるのです。

その、前半と後半の境い目は、次の画像にあるように『善無畏三蔵抄』以降が御手紙となります。ちょうど栞【しおり】代わりの紐【ひも】が2本付いてますので、それらを活用すればよいですね。その日に拝読した箇所の余白に「170916」などと記入して(2017年9月16日の意味です)、どこまで進んだかを記録しておくと、紐が外れたりして場所が分からなくなることを防げます。

 

 

全編拝読したからと言って、何かが劇的に変わったり奇跡が起きることはありません。言ってみれば、「ただ読んだ」ということに過ぎないのですから。しかしまず拝読してみなければ、どこに何が書かれてあるのかも分からないです。丹念に拝読すればするほど、確実に大聖人の御心を知っていくことになるのは間違いないです。私事ですが、1回目全編拝読した時に、座談会の一言発言でそのことを言うと、担当幹部の方にしみじみと褒められたのは、本当に嬉しかったですね。あの時のことは今でも鮮明に覚えています。

「当世日本国に第一に富める者は日蓮なるべし
 命は法華経にたてまつり名をば後代に留(とどむ)べし、
 大海の主となれば諸(もろもろ)の河神皆したがう
 須弥山の王に諸の山神したがはざるべしや、
 法華経の六難九易を弁(わきま)うれば
 一切経よまざるにしたがうべし」

 (開目抄p223)

この御書にあるように、難事中の難事である折伏を実践し、やり切っていく者には、一切経を読まなくても全ての経教がその人に随うのだとの仰せです。学会伝統の実践の教学の中で、全編拝読に挑戦していけば、ある意味で、「鬼に金棒」とも言うべき大きな力となるでしょう。

 

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