雨、風にも負けず

お早うございます。上の画像は、天気アプリのスクリーンショットです。連日の嵐です。台風でないにも関わらず、台風並みかそれ以上に雨風が酷いです。画像では風力の矢が赤色で4本矢となっており、降雨水量も断続的にありました。

車で新聞を配りましたが、ドアを開けるたびにドアがもげそうになる位と言えば大げさでしょうか。外を歩くと体が風に持っていかれそうになります。「人生においても、いかなる暴風の嵐も、やがて過ぎ去る時が来る」との学会指導を思い出しました。充分気を付けて配達ガンバりますよ。

 

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刑法学 他 -書籍紹介(6)

以下は、いま読み進んでいる書籍です。画像をクリックすると、詳細ページが開きます。

 

   

 

   

 

   

 

  

 

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唱題こそ悩みの万能薬 -指導集(8)

先生のご指導と聖教新聞等からの抜粋です。

 

・唱題できるという事がどれほど幸せなことだろう。無明の酔いから醒めるが如く、沈んでいる境涯もみるみる蘇ってハツラツとした命に変化する。あまりにも不思議な「悩みの万能薬」である。大富豪に生まれるよりも、絶世の美女として生きるよりも、御本尊と共にある人生のほうが遥かに幸せなことなのだ。

 

・信心とは、無限の希望です。たとえ状況がどんなに悪かろうと、すべて負け戦のように見えたとしても、その中から「何くそ!」と思って立ち上がり、妙法の無眼の可能性を実証していくのです。それが、信仰の本義ではないだろうか。無から有を生み出していくような、生死をかけた戦いなくして、本当の「信心」はわからない。損を得に、悪を善に、醜を美に変えていく――価値創造の壮絶な戦いが、「創価の心」です。それが「信心」です。

 

◆後輩のために自分が堂々と幸福になれ◆

・自分自身が幸福の春を勝ち取らねばならない。後輩の人がその姿を見て「信心を続けた人はあんなに立派になり、幸福になるのだ」と喜んでいかれるだけの歴史を示してあげねばならない。

 

・この悩みを解決したい、あの願いをかなえたいと、本気になって信心の実践に励めば、いままでその人の生命を弱く濁らせていた第六天の魔王が驚いて、低い迷いの境涯から離れさせまいと反発するのは当然です。急流を木でかけば波がおこり。眠れる獅子に手をつければ吠えるのは道理です。転重軽受の法門を実践し、高く広々とした境涯に前進する勇気ある信心を貫きたいものです。

 

・「全部、自分が一生成仏するための勉強だ」と思えたら、すべては解決する。人のせいにする愚癡の心がある分だけ、宿命転換は遅れる。「自分の宿命だ。自分の人生だ。まず自分が人間革命していこう」と決めて、苦しくとも、悲しくとも、御本尊に祈りきっていけば、必ず道は開ける。

 

・いやな思い、苦しい思いをすることがあったとしても、それらはすべて魔の所作によるものであることを見破り、それらをつきぬけて毅然と勤行・唱題に励み、広布の活動を力強く推進しゆくことじたいが信心強き仏界の人生なのである。

 

・われわれにとって大事なことは、なんといっても勤行である。信心の縮図は勤行に尽きる。たくさんの先輩のなかで今日の栄冠を勝ち得た人は、勤行をたゆまず、忍耐強くやりきってきている。それに反して、要領のいい、はったりの人は勤行の実践をおろそかにしていた。一日の活動の源泉である勤行を避けてしまったならば、いくら作戦を練ろうが実るはずがない。勤行こそ宿命転換の第一歩の原動力であり、勤行を真剣にやっている人は顔色もいいし、怨嫉など起こさないし、会うたびごとに成長している。勤行は前進のためのエンジンだ。それを根幹としてリズム正しく、指導どおり戦っていくならば、すべての戦いにかならず勝ちぬいていけることを確信していただきたい。

 

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天空の虹とリスニング

配達に関する話題です。次の写真のうち1枚目は、今朝6時ごろ配達の途中で撮影しました。地平線から天空まで伸びた虹が、クッキリと架かっていました。写真の上でクリックすると拡大されます。

2枚目の写真は聖教新聞社から配布して頂いたグッズでして、スマホを入れるホルダーです。肩や腹に巻くように装着でき、透明カバーの上からスマホを操作もできる優れモノです。防水仕様でもあります。

3枚目の写真はワイヤレス・イヤホンです。Bluetoothでスマホと接続して音楽を聴いたり、電話などの操作もできます。自分はこれで英語のライブ・ラジオを聴いています。ただし、車や自転車で配達しますので、外の音が聞こえにくいと、安全面で問題です。そのため、左耳だけに装着して、右耳には付けず、外の音を聞こえるようにしています。

ワイヤレス・イヤホンはアマゾンで検索すると、数多くの品が売られておりレビュー数も多く、かなりの人気商品です。コード類が一切出ておらず、耳たぶの中に隠れてしまうようなタイプもあります。では自分がこのイヤホンで何を聴いているかというと、アメリカ・ボストン大学のライブ・ラジオWBURというのを、いつも聴いています。

配達を始める前からなので、もう10年位になるでしょうか。その割には、英語スキルが目に見えて向上しないです。まぁ、ただ聴いているだけですから、他の努力が足りないということでしょうか。21年前に英検準2級は合格しているのですが、進歩しているか退歩しているか(笑)、近々また英検を受けてみようと思います。1つの目標は英語を広布のために役立てること、具体的にはアメリカ人を英語で折伏したいと願っています。道のりはまだまだ遠いようですが、コツコツとガンバりますよ。

 


仏の十号(2)

仏の十号の続きです。

信力と行力を!

一、戸田先生は、おっしゃった。
「創価学会は、その大法を末法の民衆に教え、流布するために、御本仏のお使いとして出現し、菩薩道を行じている。それもまた、『我常在此。娑婆世界。説法教化。』の一分の姿ではないか。してみると、学会の存在は、それ自体、創価学会仏ともいうべきものであり、諸仏の集まりといえよう」

なかんずく、事実の上で、最もはつらつと偉大な生命力を輝かせておられるのが、世界一の婦人部であると、私は申し上げたい。ともあれ、宇宙と社会と人間を貫く大法を、私たちは持ち、実践している。これほど尊貴な生命の位【くらい】はない。いかなる邪悪にも負けない、智慧と勇気と忍耐の力がある。限りない、対話と友情と信頼の光がある。ここにこそ、平和と文化と教育の大道が開かれる。正義と真実と勝利の歴史が刻まれていく。

この創価学会とともに生きゆく皆さま方が、幸福にならないわけがない。断じて、負けるわけなどない。反対に、この学会に敵対し、学会員を悩ませ、苦しめた輩が、「若【も】し悩乱せん者は頭七分に破【わ】れん」という、あまりにも厳しい仏罰を受けていることは、皆さま方が、よくご存じの通りである。

一、日寛上人は「観心本尊抄文段」に仰せである。
「我等この本尊を信受し、南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我が身・即【すなわ】ち一念三千の本尊、蓮祖聖人なり」 「唯【ただ】仏力・法力を仰ぎ、応【まさ】に信力・行力を励むべし。一生空しく過して万劫悔【ばんこう・く】ゆることなかれ」 私たちは、真剣なる信力と行力で、偉大なる仏力と法力を湧き出しながら、朗らかに悔いなく、勝ちに勝っていきたい。

(H17年6月14日付聖教、「本部幹部会での名誉会長のスピーチ」から)

■御書p.1044「法蓮抄」から


是【こ】れ程に貴き教主釈尊を
一時二時ならず一日二日ならず一劫【いっこう】が間
掌【たなごころ】を合せ両眼を仏の御顔にあて
頭を低【たれ】て他事【たじ】を捨て
頭の火を消さんと欲するが如【ごと】く
渇して水ををもひ飢えて食を思うがごとく
間【ひま】無く供養し奉る功徳よりも

戯論【けろん】に一言
継母の継子をほむるが如く
心ざしなくとも末代の法華経の行者を
讃【ほ】め供養せん功徳は

彼の三業相応の信心にて一劫が間
生身の仏を供養し奉るには
百千万億倍すぐべしと説き給いて候、
これを妙楽大師は
福過十号とは書れて候なり、

十号と申すは仏の十の御名【みな】なり
十号を供養せんよりも
末代の法華経の行者を供養せん功徳は
勝るとかかれたり

 

【ひと言感想】
生きて目の前にいる仏を供養するよりも、あらゆる困難を乗り越えて妙法を唱え広める人を供養する功徳の方が、はるかに勝れていると仰せです。仏教の正統中の正統を継承し、真剣に実践する創価学会員を、守り讃える人の功徳はかくも絶大なのですね。仏の十号の福徳を具えた創価学会仏の一員としての誇りも高く前進します!