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Takaaki Okamoto




読後のちょっとした感想(書庫)

2000年(H.12年)

平成17年5月6日更新

注意: 星印の評価はあくまで私の主観と好みによるものですので、当然ながら誰が読んでも当てはまる事を保証するものではありません。


●『世界の哲学・思想のすべて』 湯浅赳男(たけお)著/日本文芸社(H.12年2月19日読了)
☆☆☆☆ 良い

●『ゴリオ爺さん(上)』 バルザック著、高山鉄男訳/岩波文庫(H.12年4月13日読了)
☆☆☆☆☆ 大変良い

●『ゴリオ爺さん(下)』 バルザック著、高山鉄男訳/岩波文庫(H.12年6月22日読了)
☆☆☆☆☆ 大変良い

『日蓮大聖人御書十大部講義 第四巻 観心本尊抄』 戸田城聖著、池田大作補訂/聖教新聞社(H.12年8月9日読了/H.9年2月11日開始
☆☆☆☆☆ 大変良い

『怒りの葡萄(下巻)』 スタインベック著、大久保康雄訳/新潮文庫(H.12年10月9日読了)
☆☆☆☆☆ 大変良い

  詳細な事情は忘れてしまったが、酒場での喧嘩で(?)人を殺した青年トム・ジョードが、刑務所から故郷へ帰ってきた場面からこの物語は始まる。猛烈な砂嵐と大会社のトラクターに、土地を追われた貧農家族であるジョード一家が、オクラホマからカリフォルニアへと、同じような二十五万もの浮浪農民とともに移住していく。労働力の過剰により賃金は使用者側の意のままに切り下げられる。一家総出で終日休みなく働いても、一回分の食事を賄【まかな】うのが精いっぱいである。そうした仕事でも、あればまだ良い方なのだ。
  国営キャンプ等を転々としたあげく、ジョード一家は、綿花摘みの仕事にありつくが、そこも大雨と洪水により、住み家を追われてしまう。
  トム・ジョードは、友人であり元牧師のケーシーを暴漢から救おうと二回目の殺人を犯し、最後は家族から離れ、身を隠す。ジョード家の長女ローザシャーンは、無理に仕事をしたため、流産してしまう。
  その他のジョード家の人々、祖父母、ジョン伯父、老トムとその妻、ノア、ローザシャーンの夫コニー、アル、ルーシー、ウィンフィールドも、それぞれの立場で数々の試練に出会っていく。
  中でも、もう一人の主人公とも言うべき、ジョード家の母親。オクラホマでの砂嵐の時も、物語最後の大雨の時も、女たちは男たちを見まもる。
  「女たちは男たちを見つめた。ついに破局がきたのかどうかをたしかめようとして男たちを見まもるのであった。女たちは、ものも言わず立ちつくして、男たちを見まもっていた。そして男たちは、幾人かが集まると、その顔からは恐怖の影が去り、その代わりに怒りがあらわれてきた。すると女たちは、ほっと溜息【ためいき】をついた。彼女たちは、これなら安心だと知っているからだ―――破局はこなかったのだ。恐怖が怒りに変りうるうちは、けっして破局はこないものだ。」
  自然の脅威や権力者の圧制が次から次へと襲ってきても、「人間というものは、どのような苦難に遭【あ】っても生きつづけてゆくものだ」という作者の信念が、この物語には刻み込まれている。
  一番最後で、死産したローザシャーンが、飢え死にしそうな見ず知らずの浮浪労働者を、乳の張った胸に抱きかかえ、そっと乳房を含ませる。そして彼女の神秘な微笑で物語りは幕を閉じるのである。実は、このシーンに、虐げられ、苦難の果てに追われた人間たちにも、なお滅ぼし得ぬ最後のものは、生きようとする本能的な力だ、という切実なメッセージが込められているのである。
  「たぴ重なるどんな苦難に会おうとも、生きて生きて生きぬいていく」ということの意義を鮮烈に自身に焼き付けることの出来た作品であった。
  とある人からこの作品に対して、一つ一つの場面の異常性を指摘されたことがあった。しかしそれは、不況の時とはいえ、飽食の時代、物質的豊かさの中に生きる現代日本人の、逆説的ではあるが一種の異常とも言える感覚を、逆に指弾しているのかもしれない、と今では思える。

『正雪記*』 山本周五郎著/新潮社版H.12年11月12日読了
☆☆☆☆ 良い

『富のピラミッド』 レスター・C・サロー著、山岡洋一訳/TBSブリタニカ(H.12年12月19日読了)
☆☆☆☆ 良い

(本年7冊/通算253冊)



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